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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

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通史編1(古代・中世) (治承・寿永内乱下の秀衡)

治承・寿永内乱下の秀衡 治承四年(一一八〇)に始まった、平氏政権打倒を目指す、源頼朝(よりとも)をはじめとした,全国的な武装蜂起のなかで、秀衡の存在は、平氏側からも源氏側からも注目されるものであった。,後白河とも、また平氏政権ともつながりのあった秀衡は、体制側と目されていたらしく、平清盛の命で、秀衡が頼朝,が任命されるのが通例)、続けて「大略、大将軍(平宗盛)等、計略尽くしおわんぬか」と記したのは、それが平氏,文治元年(一一八五)には、檀ノ浦(だんのうら)で平氏が滅亡。
通史編1(古代・中世) (陸奥・出羽の在庁官人たち)

そしてその鎮守府将軍・秋田城介には、次第に源氏・平氏といった軍事貴族が任命されるようになっていった。,鎮守府将軍を挙げれば、平国香(くにか)・良持(よしもち)・良孫・良文(よしふみ)・貞盛(さだもり)といった平氏一族
通史編1(古代・中世) (日の本将軍と鎮守府将軍)

『尊卑分脉脱漏平氏系図』『山椒大夫』『清和源氏系図』などでは、安藤氏以外に日本将軍を称したという事例がみえる
通史編1(古代・中世) (奥州合戦の勃発)

なぜなら奥羽二国に、院や平氏政権の支援によって成り立っていた自立的な平泉政権は、幕府という新しい政治形態
通史編1(古代・中世) (北奥における建郡)

清原氏は常陸平氏と深い人脈を有しており、久慈郡の郡名の一致についても同様に考えられること。
資料編2(近世編1) (編年史料 (天正十七年~明暦二年))

●寛永十四年(一六三七)、この年、信濃小諸城主松平氏の息女、津軽信吉へ入輿する。
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