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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

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通史編3(近世2) (弓術)

弓術 ○日置流竹林派(へきりゅうちくりんは)―流祖は石堂如成(いしどうじょせい)。 / 弓術
通史編3(近世2) (南溜池の武芸鍛錬)

それ以後、南溜池「矢場」において弓術訓練が行われたという記事はみかけることがなかった。,同前文化三年十月十四日条)、十二月には「大矢場地」取り立てに加えて射芸師範の家臣が、同地にて勝手次第に弓術稽古,五年後の文化八年には、九代藩主津軽寧親が直々に南溜池の「大矢場」へ出かけて、家臣の弓術訓練を検閲した。,南溜池大矢場之図 目録を見る 精細画像で見る  文化三年に至って、なぜこのような南溜池矢場における弓術訓練
通史編3(近世2) ((二)系統図)

●剣術 ●馬術 ●槍術 ●弓術 ●炮術
資料編3(近世編2) (第三節 蝦夷地警備と開港下の政治動向)

七)蝦夷地警備と民衆  (八)蝦夷改俗   二 幕末期武備の充実  (一)南溜池の掘り替えと弓術
通史編3(近世2) ((三)主要人物)

○〈弓術〉本間民部左衛門匡隆(ほんまみんぶざえもんまさたか)(生没年不詳)  本名は木村典膳。,初め和歌山藩に仕えたが、ゆえあって同士を打ち果たし、江戸へ出て本間民部左衛門と改名し、弓術(石堂竹林流
通史編2(近世1) (南溜池の掘削と藩兵の訓練)

しかし、ここで藩士の弓術・砲術訓練が実施された旨の記載が頻繁にみえるようになるのは、文化三年(一八〇六,その後、同池ではたびたび藩主や家老臨席のもと、弓術・水練が実施され、武芸に秀でた者には褒美(ほうび)が
通史編1(古代・中世) (蝦蛦)

によると遣唐使はエミシの頭の上に瓢(ひさご)を載せ、四〇歩離れた場所から別のエミシに頭上の瓢を射させる弓術,このように、当時のエミシは、弓術に巧みであってそれによって肉食で生活を維持し、また山地居住であることが
通史編3(近世2) (信政の文治)

楠流)、小畑孫八(小幡流)   剣術 當田(とだ)半兵衛(當田流)、山田仁右衛門(梶派一刀流)   弓術
通史編3(近世2) (寛政期の城下)

武道についても弓術・馬術・剣術・長刀術・槍術・砲術・和術が教授された。
通史編3(近世2) (新編 弘前市史 通史編3(近世2) 目次)

二 文芸―和歌と俳諧― ……………………………………  623     三 武芸―剣術・馬術・槍術・弓術
通史編3(近世2) (二 藩主の日常生活)

午前十一時に肩衣を着け、山水ノ間で中畑孫兵衛の弓術の講義「蟇目(ひきめ)伝義」を聴く。
資料編3(近世編2) (新編 弘前市史 資料編3 近世編2 目次)

充実 ………………………………………………………………………  二九八    (一)南溜池の掘り替えと弓術
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