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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

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通史編5(近・現代2) (昭和天皇の来弘)

昭和天皇の来弘 戦前・戦時中、国民にとって現人神とされていた昭和天皇が、戦後、人間宣言をし、全国各地,昭和天皇の独特な話され方や「あっ、そう」という応えられ方が、愛嬌があり庶民的で親しみのもてる印象を国民,昭和天皇が青森に巡幸したのは昭和二十二年八月になってからである。,弘前のねぷたは戦時中、ほとんど運行を禁止されていた状態だったが、昭和天皇の来弘を機に本格的に再開することとなった,写真103 昭和天皇の弘前巡幸  天皇は八月十三日に青森県をあとにした。 / 昭和天皇の来弘
通史編5(近・現代2) (昭和から平成へ)

昭和から平成へ 一九八九年一月七日、昭和天皇の崩御によって、年号が「平成」に改元された。
通史編4(近・現代1) (騒動の発端)

事件から四〇年後の昭和三年、昭和天皇即位の記念出版、東奥日報社『青森県総覧』の該記事はなお興奮覚めやらぬ
通史編5(近・現代2) (在府町に生まれる)

いわかわともたろう)(生物学者)、佐藤愛麿(さとうあいまろ)(外交官)、珍田捨巳(ちんだすてみ)(外交官で昭和天皇
通史編5(近・現代2) ([口絵])

から新時代へ† 口絵27 米軍進駐への準備(昭和20年9月25日東奥日報) 口絵28 昭和天皇弘前巡幸
通史編5(近・現代2) (空襲を受けなかった弘前市)

しかし建物疎開の計画が発表され、まさに実施する直前の八月十五日、弘前市民は昭和天皇の「玉音放送」を聞くことになった
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