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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

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通史編2(近世1) (一 時慶卿記(ときよしきょうき))

一 時慶卿記(ときよしきょうき) 津軽家と親交のあった参議(さんぎ)、西洞院(にしのとういん)時慶の,時慶へ宛てた津軽信建(のぶたけ)、信枚、建広らの書状が「時慶卿記紙背(しはい)文書」として残っており、,「時慶卿記」ならびに「時慶卿記紙背文書」の原本は京都の西本願寺所蔵。 / 一 時慶卿記(ときよしきょうき)
通史編2(近世1) (家臣団の成立)

した資料が非常に重要になってくるが、その一つに、参議西洞院時慶(にしのとういんときよし)の日記である「時慶卿記,この「時慶卿記」に登場した、津軽氏の家臣たちをまとめたものが表12である(長谷川成一「文禄・慶長期津軽氏,表12「時慶卿記」にみえる家臣 津軽為信の家臣と 推定される人物 津軽信建の家臣と 推定される人物
通史編3(近世2) (津梁院)

長男信建(のぶたけ)は、慶長十二年(一六〇七)に京都で死去し、大徳寺山内に葬られたとみられる(田沢正「時慶卿記
資料編2(近世編1) (第一章 編年史料出典・典拠一覧)

…国史大系本「徳川実紀」(吉川弘文館刊) 遠野南部家文書………………………府中市 南部光徹氏蔵 時慶卿記,………………………………国立公文書館内閣文庫 時慶卿記紙背文書……………………………………西本願寺
通史編2(近世1) (初代為信の動向)

時慶と一番親密な関係を結んでいたことが『時慶卿記』の記事から判明する。,『時慶卿記』の慶長十五年(一六一〇)・同十八年(一六一三)・同十九年(一六一四)の十二月二十日の記事に,営んでいることを記していることは、慶長十一年十二月二十日死亡説の可能性が高いと考えられる(田沢正「「時慶卿記
資料編2(近世編1) (はじめに)

第一章の編年体資料には、西本願寺原蔵の西洞院時慶卿記(にしのとういんときよしきょうき)紙背文書に見える
通史編2(近世1) (公家との関係)

西洞院親子と津軽家との関係については、時慶の日記である「時慶卿記(ときよしきょうき)」とその紙背文書(,「時慶卿記」から津軽家に関する記述が消えるのは慶長十一年(一六〇六)以降である。
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