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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

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通史編1(古代・中世) (津軽(郡)中名字の世界)

津軽(郡)中名字の世界 一方、『津軽一統志』に付された、地元の地誌として著名な「津軽(郡)中名字(なあざ,)」によれば、中世の当地方の郡制については、平賀・田舎・鼻和の内三郡と、奥法(おきのり)・江流末(えるま,)・馬(うま)の外三郡とに分かれるとされ、現在の弘前市域の地名は、平賀郡と鼻和郡のなかに列挙されている,また内三郡が「鎌倉役」、外三郡が「京役」であるとも記されている(史料九一五・写真102)。,中世の古文書類に一切登場せず、津軽地方は「津軽四郡」ないし「津軽三郡」(山辺郡を除く)と総称されるのが / 津軽(郡)中名字の世界
通史編1(古代・中世) (有間浜の所在)

ただ有間浜については、話の展開などから考えて、齶田浦からある程度北上した、おそらく西津軽郡深浦(ふかうら,・日和山 写真34 深浦町・吾妻浜  有間の音(おん)が、『津軽一統志』付巻「津軽(郡),中名字(なあざ)」(史料九一五)の伝える中世の北津軽の郡名とされる江流末(えるま)郡の音に近いことから,、岩木川河口の北津軽郡市浦村の十三湊付近とみる説も有力ではあるが、「津軽(郡)中名字」が伝えるところの,、江流末郡・奥法郡・馬郡といった中世の諸郡名の実在性には疑いがあり、にわかにはしたがえない。  
通史編1(古代・中世) (「津軽(郡)中名字」と浪岡北畠氏)

この史料は、津軽地方の奥法(おきのり)・馬(うま)・江流末(えるま)・平賀(ひらか)・田舎(いなか)・,十三湊一帯は江流末郡に含まれるが、十三湊のほかは二つの地名が載るだけであり、馬之郡は三つの地名が載るのみである,たとえば、鎌倉期の文書史料などで鼻和・平賀・田舎各郡の存在は確認できるものの、奥法・馬・江流末三郡の所見,室町期のものと称される『応仁武鑑』という史料には奥法・馬・江流末三郡の名が見い出されるが、この『応仁武鑑,このため、典拠の怪しい奥法・江流末・馬之郡三郡の存在は疑問視せざるを得ず、「津軽(郡)中名字」のみに依拠 / 「津軽(郡)中名字」と浪岡北畠氏
通史編1(古代・中世) (中世の農民)

戦国時代の当市域の村落名を知る資料に「津軽(郡)中名字(つがる(ぐん)ちゅうなあざ)」がある。,この「津軽(郡)中名字」とは天文五年(一五三六)に、波岡北畠氏が記録したとされる津軽の地名集で、村名の,これによると、津軽地域を平賀(ひらか)郡・田舎(いなか)郡・鼻和(はなわ)郡・奥法(おきのり)郡・馬(,うま)郡・江流末(えるま)郡・外ヶ浜・北浜の六郡・二浜に分け、西浜は鼻和郡に含められている。,表7「津軽(郡)中名字」にみられる当市域の地名一覧表 郡 郡中名字地名 現地名 平賀郡 大仏鼻 石川
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