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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

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通史編4(近・現代1) (動く写真)

動く写真 わが国活動写真の始まりは、明治三十年(一八九七)に外国から輸入された「動く写真」であった。,弘前での最初は三十三年五月、柾木座に来た米西戦争(一八九八年)の活動写真であった。,こうした時局認識の点で、活動写真が国民に与えたものは大きかった。,三十九年十月には、戦後の廃兵慰問活動写真という名目のものが柾木座で催された。
通史編4(近・現代1) (芝居小屋と寄席)

しかし、大正期に入ると、活動写真が大衆娯楽の世界に大きく台頭してきた。,弘前では、大正初期までは常設館はなく、全国巡回の活動写真が芝居小屋や寄席を利用し、上映されていた。,やがて、この活動写真の興隆により、芝居小屋、寄席は転向を余儀なくさせられていくのである。
通史編4(近・現代1) (初めての常設館・慈善館)

初めての常設館・慈善館 大正三年九月、富田住吉通りに弘前初の活動写真常設館として慈善館が誕生した。,明治四十一年からは、活動写真の巡回興行による資金稼ぎを始め、これにより経営難から救われたが、さらに安定性,のある資金源として活動写真常設館を創設した。
通史編4(近・現代1) (蓬萊館から大和館へ)

蓬萊館から大和館へ 慈善館の出現に刺激されて、中土手町の寄席蓬萊亭は、大正四年秋から活動写真の常設館,しかし、活動写真に新時代の企業性を認めた有志によって再開に向かうことになった。  
通史編5(近・現代2) (進取の建築)

洋風建築建設の盛況は、年号が変わっても衰えることなく続き、種類の上でも、公共建築や銀行建築はもちろん、活動写真館,大正三年(一九一四)、県下初の活動写真館・慈善館が新築される。
通史編4(近・現代1) (弘前観桜会の幕開け)

公園内で活動写真の映写も行われ、近隣の村々からの花見客に人気だった。,このため本丸では、毎夜遅くまで各町会から踊り子が出て花見踊りを続け、活動写真も映写され、花見の宴を張る
通史編4(近・現代1) (幻灯会の開催)

まだ活動写真(映画)が出てくる前で、幻灯は珍しかった。
通史編4(近・現代1) (柾木座焼失と弘前座)

弘前座は、活動写真も上映したが、柾木座の伝統を継ぎ、しかも東北有数の舞台構造を誇る劇場として多彩な興行
通史編4(近・現代1) (呑気(のんき)倶楽部)

大正五年、この元気な若者たちは、弘前の桜を全国に紹介しようと東京から活動写真の技師を呼び、さらに当時の
通史編4(近・現代1) (弘中生気質)

その原因を聞くに、同校にては昨年来弘の有田洋行活動写真一座の歌劇の観覧を許可しながら、有田歌劇以上の今回
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