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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍
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通史編3(近世2)
(浄土真宗)
浄土真宗
浄土真宗
は真教寺が僧録所で本末は図196のとおりであった。,図196.
浄土真宗
本末関係図 真教寺の末寺感随寺の新発意(しんぼち)勇進が、安政四年(一八五七) /
浄土真宗
通史編3(近世2)
(専徳寺)
本願寺蓮如の弟子となり、為信の帰依によって一町田村に寺院を建立した時、真教寺と本末関係を争ったとし、「
浄土真宗
一派縁起
資料編3(近世編2)
(●円明寺 本堂 新寺町--県重宝)
県内に現存する
浄土真宗
の本堂建築としては最古のものであり、構造形式や細部の様式、意匠にも優れたものがある
通史編3(近世2)
(藩政前期為信)
この統一過程にあって、天正六年、浪岡城攻略の時は間者に浪岡の
浄土真宗
玄徳寺(げんとくじ)の休西坊を用い,また、同十三年外浜油川城攻撃に当たっては油川(あぶらかわ)の
浄土真宗
円明寺(えんみょうじ)の念西坊頼英
通史編1(古代・中世)
(一 中世寺院の建立)
写真221 金光上人坐像 更に浄土宗に次ぐのが
浄土真宗
の寺院で、油川(あぶらかわ)(青森(あおもり,これらの
浄土真宗
寺院は、前記浄土宗の西光寺と、布教伝道の僧(開山)が建立の背景になっているという点では,その
浄土真宗
寺院の造営について、近年の研究をもとに紹介してみることにしよう。 ,この政都大浦には、
浄土真宗
以外にも、教団の拡張が伸びていた。,
浄土真宗
にあっても、親鸞(しんらん)(一一七三~一二六二)の門弟の如信・無為子・唯信・是信・本願らが出身地
通史編3(近世2)
(真教寺)
為信の時に
浄土真宗
の僧録所を命じられ、一町田村(同町)のうちの高屋(たかや)村に寺領を与えられた。
通史編3(近世2)
((二)本末制と僧録制)
浄土宗は増上寺、
浄土真宗
は築地本願寺・浅草別院、曹洞宗は関三刹の宗寧寺(下総)・大中寺(下総)・龍穏寺
通史編1(古代・中世)
(二 北奥宗教界を彩る中世的寺社)
円明寺
浄土真宗
東本願寺 明応八 (一四九九) 念西坊 油川 (青森市) 新寺町 念西坊の俗名,真教寺
浄土真宗
東本願寺 天文十九 (一五五〇) 浄理 坪見 (岩木町) 新寺町 大浦坪見→堀越,専徳寺
浄土真宗
同右 天文元 (一五三二) 誓円 町田 (岩木町) 新寺町 慶安年間(一六四八,法源寺
浄土真宗
真教寺 文明十三 (一四八一) 敬了 油川 (青森市) 新寺町 天正十年(一五八二
通史編3(近世2)
(神職の扱い)
また、社家・修験・
浄土真宗
は家族に次、三男という男性を抱えているため、これらに対し慶応元年(一八六五)
通史編2(近世1)
(僧侶・神官対象の司法制度)
は、入牢・揚屋入りではなく、寺社奉行の管轄下で行われ、末寺の起した事件は僧録所(そうろくじょ)(例―
浄土真宗
通史編3(近世2)
(藩政後期)
また、同じ年、真教寺・法源寺の由緒書が藩庁へ提出されていることから、
浄土真宗
のみならず全宗派にも要求した,神社微細社司由緒調書上帳 慶応元年(一八六五)、藩は軍制改革に着手し、寺社奉行は神職・修験・
浄土真宗
通史編3(近世2)
(江戸時代後期の建築)
浄土真宗
寺院としては県内最古のものであり、仏間との境の欄間や須弥壇が天保二年(一八三一)に寄進されたものであることも
通史編3(近世2)
(二代信枚)
へ集めた寺院は「正保城絵図」(資料近世1No.七一六)によれば、天台寺一ヵ寺、浄土寺一ヵ寺、門徒寺(
浄土真宗
通史編2(近世1)
(城下弘前の変化)
新寺町には寺町にあった天台宗・
浄土真宗
・日蓮宗・浄土宗の寺院が移転した。
通史編2(近世1)
(城下高岡の形成)
、伊勢大神宮(神明宮)、西には浄土宗の誓願寺、南西には長勝寺・耕春院をはじめとする曹洞宗寺院、東には
浄土真宗
通史編1(古代・中世)
(一 古代における北奥の宗教世界)
洛陽本国寺 天文二年 開基は日尋に始まる (53) 本行寺 同右 同右 為信公の世 (54) 真教寺
浄土真宗
,真教寺 天文元年 (56) 法源寺 同右 同右 文明十三年 初め、外浜油川にあり (57) 円明寺
浄土真宗
通史編2(近世1)
(知行宛行状の発給)
次いで古いものとしては、慶長九年十一月二十二日に、
浄土真宗
円明寺念西に高米一三石一合四勺歩米三斗九升を
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