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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

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通史編2(近世1) (「分領」体制下の警衛と政策の実態)

その際、幕府側から「御尋」などがあった場合は、箱館奉行所との折衝に当たる箱館詰の留守居役から病気を理由
通史編3(近世2) (大政奉還時の状況)

慶応期(一八六三~一八六八)に京都で活躍した人物といえば、京都留守居役の側用人西舘平馬(にしだてへいま,「丁卯(ていう)戊辰在職経歴」(資料近世2No.四七二)と題された赤石礼次郎の日記によると、彼が京都留守居役
通史編3(近世2) (幕府・朝廷の攻防)

津軽弘前藩に対しては、十一日に京都において留守居役が呼び出され、朝廷から上京を促す達書(『弘前藩記事』
通史編3(近世2) (藩論の統一)

京都でも弘前藩が朝敵側についたとみる疑いが強く、事態を憂慮した京都留守居役の西舘平馬(にしだてへいま)
通史編3(近世2) (神道)

ところが、山村伊勢はこれに納得せず、和泉を吉田家へ派遣して越訴(おっそ)に及び、吉田家と藩の京都留守居役
資料編3(近世編2) (【解説】)

「江戸御留守居役勤方覚」によって、江戸で留守居役が、幕府と公務の連絡や他藩の留守居との交際・連絡に当たっていた
通史編2(近世1) (対蝦夷地政策と青森商人の商業活動)

の品質を問題にした外国商人から一方的に破棄されたため、仙台・秋田両藩からの抗議を受け、津軽弘前藩箱館留守居役
通史編2(近世1) (「分領」と津軽弘前藩)

津軽家では、達しが出された翌日、津軽家の「御用頼」である幕府奥右筆(おくゆうひつ)早川庄次郎のもとに江戸留守居役比良野助太郎
通史編3(近世2) (幕末の政情と近衛警備)

この警備兵は七月十六日に京都に到着し、即座に藩の京都留守居役から近衛家と朝廷に報告が届けられた。
通史編2(近世1) (開国と箱館警備)

一方、四月十四日、江戸詰の箱館奉行から、津軽弘前藩江戸留守居役に対して、箱館表並びに江差在乙部(おとべ
通史編2(近世1) (公家との関係)

さて「近衛家雑事日記」の記事から、津軽家では、京都屋敷に留守居役が駐在して近衛家との連絡に当たり、同家
資料編3(近世編2) (【解説】)

慶応三年(一八六七)十二月、徳川慶喜の大政奉還によって政治情勢は混迷の極に達するが、この前後に京都留守居役
通史編2(近世1) (越後高田領検地の実施)

越後高田領検地の実施 天和二年(一六八二)三月十九日、津軽弘前藩江戸留守居役は老中阿部正武より越後高田領
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