機関トップ
資料グループ
テキスト一覧
年表一覧
キーワード一覧
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍
トップページ
詳細検索
詳細検索
目録
テキスト
年表
キーワード
その他(トップページ等)
検索条件を追加
目録
テキスト
年表
キーワード一覧
その他(トップページ等)
AND
OR
NOT
年号変換
閉じる
検索結果
: 15件
辞書ファセット
○○○
△△△
10件
20件
50件
100件
(並べ替え)
テキストタイトル(昇順)
テキストタイトル(降順)
ページタイトル(昇順)
ページタイトル(降順)
掲載ページ(昇順)
掲載ページ(降順)
/ 1ページ
通史編2(近世1)
(三 大浦から堀越への移転~西根から東根へ)
三 大浦から堀越への移転~
西根
から東根へ 津軽為信は、戦国期以来、津軽(大浦)氏の居城であった大浦( / 三 大浦から堀越への移転~
西根
から東根へ
通史編2(近世1)
(堀越城への移転)
位置し、平賀・石川・大鰐(おおわに)を中心とする「東根(ひがしね)」地方と、鼻和・大浦を中心とする「
西根
,ではあるが津軽平野の西に偏り、津軽全域を支配する本拠地としては不十分であり、これに対して堀越の地は、津軽の
西根
,為信の堀越城進出を可能にした背景には、戦国以来、南部氏が勢力を置いた「
西根
」地方の大光寺城・石川城の自力
資料編1(古代・中世編)
(一 大浦城の立地と現状)
中世の当地域は、津軽鼻和郡大浦郷に属し、津軽平野西部の岩木山麓に位置することから「
西根
」とも称された。,この城の名を「大浦城」、別名「
西根
の城」(『奥羽永慶軍記』)というのはそのためである。
通史編2(近世1)
(大浦城の構造)
大浦城の構造 大浦城を含む中世の当地城は鼻和郡大浦郷に属し、津軽平野西部の岩木山麓に位置することから「
西根
,(にしね)」とも称され、大浦城は「
西根
城」とも称された。
通史編4(近・現代1)
(民次郎を継ぐ心)
民次郎を継ぐ心
西根
(岩木川の西側一帯を指す)の村々の指導者たちが、ここまで深く民次郎一揆に心を寄せたのは
通史編3(近世2)
(曹洞宗)
大源派は、大源宗真によって興され、領内の派頭は隣松寺(りんしょうじ)で、岩木山麓
西根
に布教がなされたとみられる
資料編1(古代・中世編)
((3) 津軽氏の政庁としての堀越城)
これに対し堀越は、津軽の
西根
と東根の接点にあり、かつての南部高信の本拠石川城にも近く、津軽の政治的中心
資料編1(古代・中世編)
(一 堀越城の立地と現状)
などと呼ばれた)のすぐ西岸に位置し、平賀・石川・大鰐を中心とする「東根」地方と、鼻和・大浦を中心とする「
西根
通史編1(古代・中世)
(曽我貞光の奮戦)
この書状によれば、岩手
西根
(にしね)を平定した政長には、さらに南進して斯波を平定するように命じ、それが
通史編3(近世2)
(二代信枚)
枡形を備えた長勝寺構(ちょうしょうじがまえ)をつくり、長勝寺を中心にした上寺(うわでら)には岩木山麓の
西根
通史編2(近世1)
(陸上交通網の整備)
小道・脇道・磯辺路・浜道として両帳に共通して記載されているのは、大道小道帳では
西根
小道とある弘前~百沢
通史編1(自然・原始)
(岩木山麓緊急遺跡発掘調査開始~現代)
鹿島沢古墳群については、当時古墳の北限が、岩手県の北上川上流域にある
西根
町谷助平・岩手町浮島などの古墳群
資料編1(古代・中世編)
(二 青森県の板碑分布)
藤崎町藤崎と弘前市三世寺を北限とする平川・浅瀬石川の流域、黒石~大鰐を結ぶ東根の山麓地方及び岩木山麓の
西根
地方
通史編1(古代・中世)
(三戸南部氏による領国支配の強化)
そして、すでに西浜・津軽
西根
の押さえとして入部していた南部一門の大浦氏(当時は盛信の代)と、大光寺城主南部政行
通史編2(近世1)
(新編弘前市史 通史編2(近世1) 目次)
二 肥前名護屋での「日本之つき合」 ………………………… 54 三 大浦から堀越への移転~
西根
/ 1ページ