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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

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通史編2(近世1) (城下高岡の形成)

北には水の防御はないが、足軽町・歩者(かち)町(若党町)・小人町があって防御を固めている。  ,足軽・小人といった下級武士も城下の南北端に配置され、南溜池のすぐ北に足軽町があった。,現下白銀町)、下片原町(現下白銀町東側堀端)、志(し)わく町、親方町、大工町、新かち町、志(し)けもり町通、足軽町,足軽町(現若党町と在府町)、小人町(現小人町、笹森町、長坂町)、歩者(かち)町(現若党町)、侍町(現四
通史編3(近世2) (宝暦期の城下)

この後、城下の大きな変化は、宝暦五年(一七五五)八月に、富田村に足軽町が成立したことである(『記類』),紺屋町支配・亀甲町支配の一二の町支配および寺社門前軒数目録が記載されているが、富田町とは前述の富田村の足軽町
通史編3(近世2) (寛政期の城下)

この年には、和徳町北端に足軽町を設置し、桝形が設けられている。  ,このほか、亀甲町角に御蔵、足軽町和徳町口に桝形、南袋川岸町(現西大工町)、古堀町、茶畑町、川端町などが
通史編4(近・現代1) (大区小区制の成立)

耕春院門前は西茂森町、裏門前は茂森新町、貞昌寺門前・報恩寺門前・万能寺門前は北新寺町、大矢場は新寺町新割町、足軽町,は富田町、普光寺跡門前は住吉町、和徳足軽町・薬王院・薬王院門前町は和徳町、座頭町は小人町、神明宮社家は
通史編4(近・現代1) (戸籍法と戸籍区)

銅屋町 大円寺并元門前町 川端丁  右取扱 右同 三上虎平太 同小三区 土手町 松森町 富田町 足軽町,御徒町 同川端町 徳田丁 萱丁 南横丁 北横丁 山下丁 片山丁 植田丁 柳丁 緑町 坂本丁 和徳町 同足軽町
通史編3(近世2) (出発)

富田町足軽町にくると「町境辻有、出口ニ村隠シ辻有」とみえ、「村隠し」とは、道路を曲げて外から町の中がみえないようにするもので,富田町足軽町の枡形よりここまで、道の両側に並木松が植えられており、村の庄屋・手代が一行を迎えた。
通史編2(近世1) (城下弘前の変化)

第四に新土手町の延長がみられ、南西・北東の両側に足軽町の取り立てがなされたこと。,しかし、万治の絵図にみえていた新土手町の南西・北東側にあった足軽町はこの絵図にはみえない。
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