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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍
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通史編2(近世1)
(上層農民・在方商人の伸長と藩政の動向)
元禄七年(一六九四)の段階で
酒屋
が四軒、質屋が二軒あったという(『みちのく双書 二二 平山日記』一九六七年,元禄の大飢饉の際、
酒屋
は酒造りを禁じられ、大きな打撃を受けた(「国日記」元禄十年十一月十一日条)。,このような
酒屋
から株を買い取り、
酒屋
の経営を開始したものが存在した。
通史編2(近世1)
(諸役と運上)
正徳期の場合、町中の
酒屋
が一一〇軒で役銀は一軒につき三両三〇匁、質屋は二二軒で役銀は一軒につき八六匁、,御役家業は、造
酒屋
、質屋など三一種あり、造
酒屋
、菓子屋、素麺屋などが御用を承っていた。
通史編3(近世2)
(諸役と仲間)
・小間物屋・鍛冶・桶屋・煙草屋・煙草作り・居鯖(いさば)(魚を売買する者)・銀(しろがね)屋・大工・
酒屋
,~一五)の「町方屋敷割裏書記録」(前掲『弘前城下史料』上)に載っている「諸役銀之覚」によれば、城下の
酒屋
,一方、酒造業(
酒屋
)の場合であるが、寛延四年(一七五一)三月八日の
酒屋
役の記事(同前)では、それまでの,幕末期にあたる嘉永六年(一八五三)の「金木屋日記」(資料近世2No.一九四)正月六日の記事には、弘前の
酒屋
,なお、この日記の記録者は武田又三郎敬之で、山一金木屋の屋号を持ち、弘前城下本町で質屋・
酒屋
を経営した、
通史編3(近世2)
(諸家業と職人)
これによれば、元禄三年(一六九〇)ころ城下で
酒屋
(酒造業)を営む者は、本町支配で一二人、土手町支配で二二人,新役・三ヶ一(いずれも営業税である役銭を納める者)を合わせて三二七人、大工・木挽(こびき)が一九九人、
酒屋
一,#166628;張 3 葛籠細工 2 籠組 2 金具師 8 内 御用金具師3軒 御 役 家 業 造
酒屋
,醤油屋 9 造酢屋 4 素麺屋 3 内 御用素麺屋1軒 豆腐屋 41 内 御用豆腐屋1軒 小売
酒屋
,4 傘張 4 提灯張 14 内 御用1軒 檜物師 18 内 御用1軒 御 役 家 業 造
酒屋
通史編2(近世1)
(十三小廻しの成立と町の盛衰)
こうした事態に直面し、藩では、十三町には
酒屋
(酒造業)が一軒もないところに目をつけ、弘前城下の
酒屋
で希望,酒造生産量はあまり増加しなかったようで(元禄飢饉の影響もあったか)、宝永三年(一七〇六)三月には、十三町の
酒屋
通史編3(近世2)
(住吉宮)
延享三年(一七四六)には松尾宮が勧請され、安永六年(一七七七)、弘前の造
酒屋
の手で再建された。
通史編3(近世2)
(青森商社と帰田法)
一五町歩以上献田の者へは造酒・質屋業のうちひとつ、二五町歩以上買収または五町歩以上献田の者へは染屋・米小売・小売
酒屋
等,南津軽郡平賀町唐竹 17 長谷川清次郎 19町歩 百石酒造 西津軽郡木造町菰槌 18 七左衛門 2町8反 小売
酒屋
通史編3(近世2)
(金木屋日記にみえる衣服)
この日記の筆録者、武田又三郎敬之(たけだまたさぶろうたかゆき)は、弘前城下の本町(ほんちょう)で質屋・
酒屋
通史編2(近世1)
(綱紀粛正・倹約奨励)
宝暦四年一月、在方における衣食住の華美と質屋・
酒屋
以外の商売を禁止し(同前No.九〇二)、同年十二月十八日
通史編3(近世2)
(町役負担と御用金)
町扶持人は高一〇〇石の町年寄松井四郎兵衛・松山善次の二人のほか、俵子五〇俵の町御買物役人が二人、五人扶持の
酒屋
改役人,.弘前城下の町扶持人 町扶持人 扶 持 人数 町年寄 100石 2人 町御買物役人 50俵 2人
酒屋
改役人
通史編3(近世2)
(幕末の政情と近衛警備)
、亀甲町の多助ら雇小人(やといこびと)(雑役夫)五人は夜に長屋を抜け出して、下加茂(しもかも)村の造
酒屋
通史編4(近・現代1)
((一)北洋の出稼ぎ農民たち)
話がまとまると、何がしかの手金を受取って、帰りには居
酒屋
で一パイやり、いい機嫌で帰宅することになるのだが
通史編2(近世1)
(伏見作事板の運上と太閤蔵入地)
次郎左衛門、越中国では柴草屋(しばくさや)六兵衛・氷見(ひみ)五郎兵衛、出羽国庄内では佐藤助九郎、能登国では
酒屋
兵衛
資料編3(近世編2)
(【解説】)
筆録者は、武田又三郎敬之(たけだまたさぶろうたかゆき)、弘前城下の本町(ほんちょう)で質屋・
酒屋
を経営,金木屋敬之は、賀田へ転居したとはいえ
酒屋
を同地で経営しており、鯵ヶ沢湊や青森湊から廻船によってもたらされた
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