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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍
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通史編3(近世2)
(城下の隠売女)
城下の
隠売女
弘前城下では遊女(公娼)も
隠売女
(私娼)も禁止であるが、彼女たちは
隠売女
として後を絶たず,前述したように、
隠売女
となったのは、両浜の遊女屋から逃げ出してきた者と、下層町人や貧農の娘であった。,城下で遊女以外の
隠売女
が目立ってくるのは、富田町の茶屋が禁止された寛保三年(一七四三)以降からである。,明和七年(一七七〇)八月には多数の
隠売女
が追放され、博奕を打ったり
隠売女
を置いた城下の町人たちが、弘前追放,さらに天明期に入ると、藩から城下の町や寺社に対し、
隠売女
を置いていると疑いを持たれないよう、日常の行動 / 城下の
隠売女
通史編3(近世2)
(公娼と私娼)
次に私娼については、両浜の遊女が津軽領内の温泉場や弘前城下へ出てきて
隠売女
(かくればいた)となった場合,と、下層町人や貧農の娘が生活困窮や凶作・飢饉などにより没落して
隠売女
になった場合がある。 ,城下での
隠売女
については後述するが、「国日記」によれば、両浜の遊女が温泉場へ出てくることは禁止されていたにもかかわらず
通史編3(近世2)
(拡大する風儀・治安の乱れ)
近年何となく平常衣服や冠婚葬祭が奢侈(しゃし)になり、町方の重立の者の蓄妾(ちくしょう)、
隠売女
(かくればいた
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