前田光世の記録

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特筆に値する前田光世の偉大さを記録したのが、旧制弘前中学時代の友人薄田斬雲(うすたざんうん)である(『前田光世の世界制覇』、資料近・現代1No.七八一)。その全文を掲載することは、紙幅の都合から不可能だが、「自序」の一部を抜粋する。
 本書は日本柔道家前田光世氏の通信百余通を資料にして作成されたものである。多少の敷衍はしてあるが、根本において間違ひはない筈である。欧米に於ける前田氏の柔道試合は百戦百勝どころではない。千余回に亘って全部勝った記録なのである。前田氏が強いばかりではない、日本柔道其の物が、精妙な体術として発達し、欧米にはそれだけの工夫修練が積んでなかつたために前田氏は此の千戦千勝を得たのであらう。それにしても単身外国に渡り、一ツ間違へば生命に関はる試合に於て一回も妥協せず、存分の腕を揮つて世界の強力者を制圧したというのは前田氏の精神力が偉大であつた事を立証して余りある。従来幾多の日本柔道家が海外に進展したのであるが、誰人も未だ前田氏の如く華華しい記録を作つたものはなく、恐らく今後とても之を凌駕する記録は出ないのではないかと思はれる。そこには幸運といふ事もあらうが、又前田氏の特異な優越点があつたと言つてよからう。体格の上から小児あつかひにされる日本人の小身非力も、精神の働きによつて世界の強力者を制圧し得る好(よ)き見本が本書に示されたのである。能く、小国の大国、小人の大人といふ事が言はるゝが、我等日本人は、誠に見上げた大国の大人たる実質を有する事を本書に依つて確認し得る事を喜ぶ。