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目録ID mp403670-100040
資料所蔵機関の名称 伊賀市
資料群1
資料群3
資料群5
欧文タイトル
タイトル 上野城跡
タイトル読み ウエノジョウアト
タイトル(ローマ字) Ueno jo ato
別名
別名読み
別名(ローマ字)
タイトル備考
作成者等
作成者等読み
作成者等(ローマ字)
書写者等
書写者等読み
大きさ
書写者等(ローマ字)
製作年(和暦) 桃山~江戸時代
製作年終(和暦)
員数
形状
大きさ(縦)
大きさ(縦) 東西1,200m×南北700m
大きさ(横)
大きさ(横)
大きさ(高)
材質
形態に関する注記
欠損、保存状況
縮尺
その他の注記
テキストの言語コード 日本語
ISBN
ISSN
主題
主題読み
主題(ローマ字)
関係する地名 上野丸之内
関係する地名 読み
内容年終
関係する地名 (ローマ字)
関係する人物名・組織・団体名 筒井定次/藤堂高虎
関係する人物名・組織・団体名読み
関係する人物名・組織・団体名(ローマ字)
内容年代始(和暦)
内容
内容読み
内容(ローマ字)
解題・説明 上野市街地の北に位置する丘陵上に、筒井定次が城郭を構えたことに始まる。当時の天守は、現在の上水道配水池がある丘陵最高所に設けられたが、慶長13年(1608)に伊賀国へ入封した藤堂高虎は、筒井時代の二之丸までを本丸に取り込み、その二之丸であった部分を西側に拡張して高さ約30mの高石垣(写真)を築いた。さらに、その拡張部分に五層の天守の建設を進めたが、完成直前の大風雨で崩壊し、天守は昭和期に入るまで再建されることはなかった。江戸期には、筒井時代の本丸跡に城代屋敷が建てられ、近年継続して実施された発掘調査において、南側に表向きの施設、北側に奥向きの施設を配した屋敷の構造が明らかになっている。
解題・説明(英語)
管理上の経緯
来歴(英語)
原本の所在 上野丸之内
カテゴリ区分
資料番号
請求記号
画像メタデータ
関連画像(所蔵館DBの画像など)
上位階層目録ID
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自治体史掲載 『伊賀市史』第1巻846~851p/『伊賀市史』第2巻22~35p/『伊賀市史』第5巻口絵/『上野市史』考古編601~610p
関連目録ID
出版物・関連資料 『伊賀上野城史』/『日本城郭大系』第10巻口絵・217~220p/『三重の城』181~193p/『図説 伊賀の歴史』上巻116~117p
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資料種別 史跡
文化財情報 国指定文化財(昭和42年12月27日)
権利関係
翻訳の言語
権利関係・利用条件
原資料の利用条件
緯度・経度・高度に関する注記
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DOI
デジタル化の経緯に関する注記
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