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ことし秋も八月廿六日たゝ女身まかり給ふける月の
夜ならは竹取か家の歌の二つ有なるへしこれかれも
とふゐる人
□くるやうに思ひまとふていぬる雪を得とゝ
めす其比父の蓑虫居士は都の月見に行たるほとなり
敷波のことく文をゝくり櫛の歯のことく人をはしらせて
告けれは居士も夜昼のさかひもなく幾重の山をかけり
いそきぬれとはやこときれての後にそ家に帰り着
やかてなきからを抱きかゝゆれとも甲斐なし声をあけ
足すりをしてなくそれを見る木のはしの身のい
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はぬもはしたいふもはしたにとかくすれとおなし心にて
歎しけれはまきるゝ事もやと侍過す鈴虫の声の
かきりを尽してもと思はれてやひと日の夜の念仏の
際に高の山へ登らんにはときこゆそれよき事也
仏の御山なれはうせにし人のいなきも有へしなと
たはかり申て火をかゝけ尽して忍になりぬあくる日も
暮めくり
□あくる日もくるゝにかみな月中の五日は果の
日なりけれは其わさなとこまかにとふらはせ十六日
は旅の用意とてするもはかなきかの御山へ納むなる
白きかはね黒き髪のいとなかくてありし俤あれは
居士か血の涙をこほさるゝ㒵は草の葉の色なれは
見るもむねつとふたかりはやく袋のうちへとり納て
首にかくるに今一度見ましと墨染の袖にすかりて
よゝと涙もわりなし十七日は霧と共につとに起て
干飯わりこ持せなと泣ふしたる居士をそゝのかし
出たつころは城の鼓の明去るはかりなれは月も
日も右ひたりの山姫に拝むはたこゝら霧こめて
野ち萩のこと悲しけなる所霜柱を踏折てゆく
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河原風やつれたる袂を吹も物悲しみちのかたはらに
立る薄なとのおほひたるをも知らてむかしおもひ出
かほになひくよなへて目に付ものみな淋し
冬山やくろ/\と移る松の影
なと口やりに云つゝ簗瀬川もけちかくなれは霧
晴れわたりてむら里もつき田はたけ広くみゆ
黒つくや柴に大根の根も見せす
やゝ国のさかひめを過れは大和なる山辺といへる所也
いさゝか谷の底を出ぬけ岨ひらを回るに木の葉の
みたるゝ音していかめしき雲つとひ重る
しくるゝやものもいわれぬつれひとり 桐雨
心ほそけに云出さるゝにかい晴れわたりて照日の半の
刻はかり也石に尻すへて思ふ事とも語りあへる
従者の時うつりぬとしかれはさらはとて長谷の
山を目にあてゝ普門品なとすしつゝ登るいたうのと
かなれは蝶/\たに出て遊ふ道は少し西さまさして行
顔へ来る夕日気疎き小春哉 桐雨
今日は山に水に心なくさみて発句も出るなりといへは
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うちもゑまれて先此くれは初瀬寺にもふて大慈悲
の御ほとけへさきたつ人の菩提を祈り己か罪のか
きりもろともにわひさんけしてしふ/\に回廊を下とて
寮/\やもうこもりくの冬構
やとりを定むるにこの家は瀬のうへゝのそみぬれは夜
すから石川の流れのをとすさましくかしらこめて
ふとんひき着てそ寝ためる
行秋をとられていとゝ霜よ哉 桐雨
かくも旅のつらさにひきかへてした行水のわきかへる
こゝろのうちの推はかられて哀れなりき
つとめて黒崎わたりにかゝれは霜なといと白/゛\
さしてりくし慈音寺を過る比少しぬるくゆるひもて
ゆく耳なし山は画なとのやうにておしかつらき山をみれは
くもりみはれみ立ゐる雲やます神の御顔もつゝましけ也や
かしら廻らせは三輪の山は木からしのけしきはみも見え
て常盤木とものきよらにゐなみたる何くれとめつらしさ
遠く見れとも近くみれともおもしろし榛原桜井なと
いへる所をこえて飛鳥にかゝりあめの香具山のこなた
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さまをめくれは
冬の日や高取の城をはやてらす
いくほとに霜かるゝ山路のつれ/\とありかるかやりんとう
のさし出たるにきほうしの経よむこゑはたうとかりけり
なとしたりかほにて木の陰におりゐてかれいひくいけれは
さすや岡への玉さゝのうへなと語り出られてかれいひの
うへに涙を落してほとひにけりまたいくほともかたくなに
しほたれかちなれははか/\しくもあらす此間にてひねり出せる
ふたつ三ツ苅るゝまてか楮の葉
これをも哀れといふまゝに日もくるれは五条の町の片は
しなる河へたに宿りをかる夜なかくて寝られねは居士は
例のことゝも云出せるにあふさきるさの世の中の何か常
ならんなといひなくさむる折ふし雨戸の外に
風そ吹きらるゝ声や川ちとり
月の真昼とも覚えられていたく啼わたるに
川千鳥そらに流るゝこゑす也 桐雨
すさのいきたなく鼾の気疎きも尋敷てねむる
今朝は時雨のけしきはりてとみに雲の落ぬへく見え
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けるに早き足を出して待乳山の茶屋かすのこに
しりかけてとはかりやすらひをり
さゝ啼や春をまつ乳の鶯子 桐雨
うめき出たるも所からに興ありとかくするうちによき日
出たり高のゝ御山も見ゆるはといへはすゝろきて橋もとの渡
にきつく此わたりにては紀の川とはいへとよしの河のすへ
なれは塵とみるものはみなさくら紅葉也けりされは渡し守
男の貌もてりあかみて花をせすなんおもはるやかてさかしき
山みちにかゝるに慈尊院のかたへはよきてひたりさまに
不動塔ときこふる谷陰に入りて見まはせはこと所にて
瑠璃色の水流れ出つはたいかめしき木とものもとこ
とに四つものを合せたる斗なるかひと山にみちて枝ことに
千へ重れはかいくらく蛍はかりのあかりもみえてこはかりつるに
波をむく音さむけ也桧木原 桐雨
又ひとつ尾を越て谷の道をめくれはこゝにははけしき
岩立りさかさまに崩るゝやうに其岩のはさませまく四寸
はかりなれは四寸岩ともいふとかやからうして這ひかゝるに
ほむら出るまてにかしらうちてひとりはらたつもはし
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たなしなをいくほとに岩かとは光りてまはゆきまてに
みゆさかしけれともすく/\と引あくるやうにて天にもつか
す地にも付ぬ所は不動尊いませりしはしたいらかなるを
過てまたさかしきをすく/\とのほれは女人堂に来着く
今はとて慇に手をあてゝよろこふ事二つなしされと
こゝはいたう淋しくてあるにみそれも降りかゝりけれは
泣て居る女もみえす冬かれぬ 桐雨
かくくれまとふ心のやみに風なきこふることくさもあはれな
れはしりさきについて一心院谷の五坊寂教院へ詣て
かの首に掛たるものを坊の師にわたしまいらせて
とふらひのわさなとたのみ奉るそこの童のあないにて
壇上より爰かしこのたふとき限りをおかみめくるに時は
ふゆなから草も木もにほひことに色ことにほこりかに
金しろかねの砂ちりて吹すさむ風の音も浄土の
楽のしらへに聞なし遠く飛こふ鳥共も孔雀
なといへるやうなる様に見なしてあやしう妙なる事多
かりき奥の院へ詣る道のほとりにはいくそはくとも
なく立かさなれる卵塔に古墓何代人不知姓与名
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年々春草生すといみしく哀れなりけれは俗
なるほうしなる経陀羅尼すして涙をこほさ
ぬはあらしかしはた木のみちの工みの万の物を
作り出すも唯時のもてあそひものゝ其徳も定らぬ
に石のみちのたくみは後の世のうつは作りてすゑの世
迄も残すにその果報ゆたかなるへしとあらぬもの迄
たふとくもしりなして玉川のわたりをすくるやま風
寒けれはあし手こゝゆ
忘れても汲ぬなかれや厚氷 桐雨
なをゆくほとかのあないのいへらくかなたに蛇柳
あるめりとそこはにけめつかひてむみやうの橋こ
ゆれはつねの心地せすたふとき事限りなし天竺の
さがほとけのこもり給ふ所もかくやとおもはれて
とりたてゝかゝれねはかゝす大師の御まへにぬかつ
きてときやうなとしをへて万燈のほかけさやか
なるに一生すりまさくり給へるすゝのさうそくの
きよらなるをおかみなとして世にかへりみすへ
くもおもへられをるにくるれはとて案内の童に
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引立られてたましひをとゝめたる心地してなん
帰るかたしけなく坊の師のもてなしにてすへられ
たる書院の一間の屏風ふすまみなまな鶴の
絵かきてあれは鶴の間ともいふなるへしさてくひ
ものゝしつらひまはゆく芋野花やきてうして氷
とうふ栢のあふらのかほりおかしけれは百味の飲
食にすはりたるこゝ地すあやしくをんしやうらくの
するはといへは御堂におこなひ給ふなる声の音す
きやうの声ひゝきわたれる也いまやほとけの来迎
し給はんそとて手とりつれておまへにまいりおかみ
をるにとうろ幾つもかけそへたれはあたり昼の
あかさにも過て光りたちいみしうそのさほうし
たるに導師の座にのほりてつとまもらへたる
こそ其とくことのたふとさも覚ゆれつゝみて忍辱
のこゝろをおもひをれはとふらひはてゝねひとつ二つ
のころとなりぬかしこくも通夜するに月の中そら
にさへませは庭の草木もみそかにねふりたる
やうにてありかゝれは大師のむかしの人にもあ
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らぬことゝもさゝやきあへるそれか中にほ句の
やうなるきこえけれはそれにいゝそへなとするほとに
ひたりに出るいろは真とはなるなり末の世の
いまも有難き大師のいさをしなめり
安永四未初冬日 浮流