テーマ | 芭蕉と俳諧の世界 |
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見どころ・解説 | 伊賀国で生まれた芭蕉が 30歳ごろまでを過ごした家のあった場所です。現存の建物は、芭蕉が生きた当時のものではありません。芭蕉は、伊賀在住時代に俳諧に出会い 、その後、俳諧師になるべく江戸に出ました。 江戸に出たあとも、芭蕉は帰郷のたびにこの生家で過ごしました。貞享4年(1687)、数年ぶりに帰った伊賀で、臍の緒を見せられ亡き母を思い出した際の句「旧里や臍の緒に泣としの暮」(『笈の小文』)、元禄7年(1694)、親族一同で墓参りをした際の句「家はみな杖にしら髪の墓参」(『続猿蓑』)など、多くの名句が詠まれました。また、同年には、伊賀の門人たちの尽力で「無名庵」という庵が新たに敷地内に建てられ、 芭蕉は、その礼を兼ねて、8月15日に門人らを招いて月見の句会を催しています。 なお、無名庵は、芭蕉没後、愛宕神社境内など、各地に移築され継承されましたが、近代に入り失われました。 |
所在地 (クリックすると地図表示) | 上野エリア 芭蕉翁生家 |
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芭蕉翁生家