京口橋

京口橋
テーマ上野城と城下町
見どころ・解説 京口橋は、宝永5年(1708)に上野城西側の外堀に架けられました。同年正月に幕府に普請を願い出て6月には完成、7月1日には伊賀城代藤堂采女が渡り初めを行ったことが『永保記事略』に記されています。
 京口橋の建設は、この前年に発生した地震の際、城下町西端の高台に設けられた「西之丸」に居住する藩士やその家族が、避難先に困ったことが原因です。そこで、空閑地(扇之芝)が確保されている丸之内へと通じる橋が架けられました。
 京口橋は、明和5年(1768)以降、たびたびの架け替えを行いながら廃藩まで存在しましたが、明治時代に外堀の埋め立て工事とともに取り壊されました。
所在地
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京口橋 所在地
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現況写真・図面
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関連資料
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京口橋擬宝珠