解題・説明
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旧日本海軍で使用された軍艦旗は旭日旗と呼ばれ、白地の旗面中心よりやや竿側に日章(日の丸)を配し、日章から十六条の光線が放射状に伸びたデザインとなっています。日本海軍の艦艇には、通常、艦首に日章旗(国旗)、艦尾に旭日旗(軍艦旗)が掲揚されていました。戦艦「金剛」の軍艦旗は縦1.28m、横2mあります。 金剛は太平洋戦争で活躍した旧日本海軍の軍艦です。大正2年(1913)にイギリスで建造された金剛は、最後の外国製戦艦でした(同型艦三隻は日本製)。二度の改造を経て、金剛型戦艦(金剛、比叡、榛名、霧島)は、日本の戦艦中で最速を誇る高速戦艦になり、太平洋戦争中は数多くの海戦に参加しました。 昭和19年(1944)11月、金剛は日本全土に向けて航行中、アメリカ潜水艦の魚雷攻撃を受け、台湾沖で沈没しました。この時、約1600人の乗組員のうち1300人余りが艦と共に沈んだといわれています。 当時、金剛の乗組員であった田川吉郎さん(故人、飯塚市出身)は、金剛が沈没するとき、軍艦旗を体に巻き付けて脱出し、泳いでいるところを中国軍に捕らえられ捕虜となりました。田川さんが釈放されて台湾から帰国後、しばらくして旗も返還されました。 その後、この軍艦旗は、田川さんの依頼により、嘉飯地区の海軍OBで結成された「黒潮会」で保管されていましたが、田川さんのご遺族のご厚意により、飯塚市歴史資料館に寄贈されました。
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