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内容
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越前の北端、吉崎浦(現・坂井郡金津町吉崎)の吉崎山上にある吉崎御坊跡地(空地)の正確な絵図面。図の上やや右が南。一部に彩色入り。下端に「表門」あり。敷地面積を算出するために境界線を多角形で示し、その各辺の正確な寸法を注記する。「〈敷地坪数〉千五百拾六坪五分弐厘六毛九弗/〈此七尺弐寸棹坪数〉千五拾三坪壱分四厘三毛六弗餘」とあり。本願寺八世の蓮如が文明3年に堂宇を建立、北国布教の中心地となったが、同7年に退去、後に坊舎も破却されて廃墟となった。近世前期に旧跡への寺院建立をめぐって東西本願寺の紛争となり、延宝5年幕府の裁決により、旧跡の山上への堂宇建立は禁止された。福井藩の寺社奉行所と金津奉行所の役人による測量と思われるが、目的等は不明。
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