近代に作成された公図や発掘調査の記録を示す遺構配置図を紹介します。現代の地図との並べ重ねにより、地域の過去と現在を比べることができます。
信太村大字上代地番図(信太075)
この資料は、明治6年(1873)に始まる地租改正の後に作成された地籍図(地引絵図)です。上代村(現在の和泉市上代町)で作成・保管されたのち、明治22年(1889)に発足した信太村役場に公文書として引継がれ、昭和35年(1960)の信太村と和泉市との合併にともない、和泉市に引継がれたものと考えられます。 泉郡上代村・上村・舞村と大鳥郡原田村の地主総代の連名が記されています。これらの村は現在の和泉市上代町・上町・舞町と堺市西区原田に相当します。すなわち、現在の和泉市の北辺を描くこの絵図には、現代まで用いられる地番が土地一筆ごとに記載されており、宅地・田・畑・山林藪地といった地目の分布も知ることができます。 絵図の東には信太山丘陵のため池や水路、陸軍所轄地(現信太山演習場)が描かれており、絵図の西には和泉黄金塚古墳(国史跡)の姿が見えます。現在の航空写真と比べると、市街地化の進展したことが見て取れますが、耕地や水路の形に大きな変化はなく、当時の面影がしのばれます。 この資料は、平成23年(2011)3月に和泉市指定文化財に指定された「旧町村役場公文書」のひとつです。
遺構配置図(池上曽根遺跡・史跡指定地内)
池上曽根遺跡の史跡指定地内で、過去に行われた発掘調査の平面図を配置したものです。試掘調査のトレンチなどは省いています。国道26号の左側に位置する平面図は、池上曽根史跡公園内で行われた調査のものです。史跡公園内の中央部分に大きな柱の穴が東西方向に並ぶ様子と、その前にある井戸の遺構が見えます。これは公園内に復元されている大型建物と井戸の遺構です。

