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日本ラグビーフットボール協会/日本ラグビー デジタルミュージアム

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年代史・観戦記・その他資料 (決勝記録一覧)

○慶応大学 17−0 ●同志社大学 花園ラグビー場 望月信次 第5回 昭和7年(1932)1.7 ○明治大学,花園ラグビー場 松見平八郎 第9回 昭和10年(1935)11.17 ○明治大学 29−0 ●同志社大学,43−3 ●同志社大学 花園ラグビー場 長沖彰 第13回 昭和15年(1940)1.7 ○明治大学,51−3 ●京都大学 神宮競技場 目良篤 第14回 昭和15年(1940)11.3 ○明治大学 58−,33−0 ●同志社大学 秩父宮ラグビー場 石井太郎 昭和30年(1955)1.2 ○明治大学 21−
年代史・観戦記・その他資料 (決勝記録一覧)

第13回 昭和52年(1977)1.3 ○早稲田大学 34−6 ●明治大学 国立競技場 真下昇 第14,回 昭和53年(1978)1.4 ○明治大学 7−6 ●慶応大学 国立競技場 町井徹郎 第15回 昭和,54年(1979)1.3 ○日本体育大学 22−3 ●明治大学 国立競技場 野々村博 第16回 昭和55,○明治大学 21−12 ●早稲田大学 国立競技場 八木宏器 第19回 昭和58年(1983)1.9,国立競技場 阿世賀敏幸 第32回 平成8年(1996)1.15 ○明治大学 43−9 ●早稲田大学
年代史・観戦記・その他資料 (令和6年(2024)1月13日 令和5年(2023)度 第60回大学選手権決勝)

本橋尭也(182/85/19) 23 五島源(174/85/21) ※背番号の白抜きはキャプテン 明治大学,内容 Away カード/処分 種類 時間 背番号 内容 得点経過 前半Kick off : 明治大学,13.秋濱悠太 T 14 - 5 36分 明治大学 12.廣瀬雄也 Gx 14,- 5 39分 明治大学 11.海老澤琥珀 T 14 - 10 40分 明治大学 12,.Name 種 H A 8分 帝京大学 15.山口泰輝 PG 20 - 12 10分 明治大学
年代史・観戦記・その他資料 (日本選手権大会の歩み)

第2回大会は同志社大学が近畿日本鉄道を17−6で破り、第3回大会では八幡製鉄が25−6で明治大学に勝ちそれぞれ,第13回大会までは、早稲田大学が3回、同志社大学、日本体育大学、明治大学が各1回優勝し、近鉄3回、リコー,引き分け優勝1を含む) 11 同志社大学 2回 11 リコー 2回 13 日本体育大学 1回 13 明治大学,早稲田大学 国立競技場 八木宏器 第28回 平成3年(1991)1.15 ○神戸製鋼 38−15 ●明治大学,●法政大学 国立競技場 斉藤直樹 第31回 平成6年(1994)1.15 ○神戸製鋼 33−19 ●明治大学
年代史・観戦記・その他資料 (大学選手権の歩み)

連勝を続ける松元秀雄監督、宿沢広朗主将の早大を、長い不振から立ち直った北島忠治監督、高田司主将の明大が,第34回大会、春口廣監督、箕内拓郎主将の関東学大が、常勝明大の3連覇を阻んで初優勝を遂げた試合、第39,大学選手権大会(60回) 優勝チームおよび優勝回数 1 早稲田大学 16回 (引き分け優勝1を含む) 2 明治大学
年代史・観戦記・その他資料 (令和4年(2022)1月9日 令和3年(2021)度 第58回大学選手権決勝)

21) 23 ミティエリ・ツイナカウヴァドラ(185/108/22) ※背番号の白抜きはキャプテン 明治大学,時間 背番号 内容Away カード/処分 種類 時間 背番号 内容得点経過 前半Kick off : 明治大学,  後半9分明治大学のトライ(グランディング)についてTMO判定   →明治大学2番トライを認定,決勝戦の相手は3年ぶりの優勝を目指す明治大学。,一方、敗れた明治大の神鳥監督と飯沼主将は、「完敗です。」
年代史・観戦記・その他資料 (平成30年(2018)1月7日 平成29年(2017)度 第54回大学選手権決勝)

平成29年(2017)度 第54回大学選手権決勝 写真 機関誌 秩父宮 ○帝京大 21-20 明治大,● 帝京大、明治大の猛攻を強靭な精神力と巧みな試合運びで凌ぎ、九連覇達成 平成29年(2017)度, 第54回大学選手権決勝 2018年1月7日 G:秩父宮 R:麻生 彰久  帝京大 21 - 20 明治大,、岡本慎太郎(③京都成章)①、浅岡俊亮(③京都成章)③ 【明】武井日向(②国学院栃木)②、坂和樹(②明大中野八王子,明治大学の気迫満点の攻守に立ち上がりから劣勢を強いられ、前半を10点ビハインドで折り返す。
日本ラグビーフットボール史 (《早慶ラグビーに触発された東都の諸大学》)

いよいよ「ビッグ・3」の一角と称される明治大学、そして5人TBラインで名を馳せた立教大学の登場である。,まずは明治大学の披露といこう。,さきに慶應蹴球部の普及活動の項で明治大学へのアプローチが不発に終わったことに触れたが、そうした明治時代,慶応の学生たちが、広いグラウンドに楕円のボールを蹴り上げ、走りまわる奔放なこのスポーツに魅せられた」と明治大学,これを「明治の反骨精神」と形容している。    
年代史・観戦記・その他資料 (大正11年(1922)度)

1922)度 English Español 24シーズン目 第1回早慶戦の実施  明治,明治大学ラグビー部創部  同年春、創設者能美一男が中心となり、柔道仲間の島崎軍二、大里弼二郎、鎌田久眞男,このとき、大町主将から手渡されたボールを能美が力いっぱい蹴ったのが、明治大学ラグビー部誕生のファースト・キック,でもあった(『明大ラグビー史』P1より抜粋)。,私の推測だが、それ以前は慶應のクラーク先生から教えられた『ラグビー式フットボール』(明治42年、慶応義塾蹴球部
日本ラグビーフットボール史 (Ⅲ 大学選手権に青春をかけて)

そして、早稲田の偉業を未然に絶ち切った明治ではあるが、その明治も第28回、第29回と初めて連覇を達成、,日本協会名誉総裁三笠宮寛仁親王殿下から戴いた「三笠宮寛仁杯」最初の授賞チームは、1月6日の決勝で10度目の優勝をとげた明治大学,この日、三笠宮さまにはわざわざ国立競技場に足を運ばれ、明治大学-法政大学の決勝戦を親しくご観戦。,試合後に行われた表彰式ではわざわざグラウンドに立たれてチャンピオンチーム、明治大学の元木主将に「寛仁親王杯,日本協会機関誌は「明治大学が最初に戴いたことを大きく日本ラグビー史に残しましょう」と、記念の日を記している
日本ラグビーフットボール史 (《南半球から豪州大学選抜2度目の来日》)

殊勲の大学チームは6試合目に対戦した北島忠治率いる全明治大学。,負傷者が続出、7回もゲームが中断する激しいというより荒々しい試合だった…」(明治大学体育会ラグビー部史,得点は全明治の12-11。,わずか1点差というきわどい勝利に映るが、トライ数の比較では明治が4本に対し、豪州は2本。,しながら、いずれも敗れていることを考えると、日本チームのトップをきって来日の外国大学チームからあげた全明治
年代史・観戦記・その他資料 (九州朝日招待試合史)

対戦チーム 試合数 勝 分 敗 勝率 日本学生代表 14 10 0 4 71.4 明治大学 13 6,○早稲田大 24−3 ●九州代表 平和台競技場 平山新一 第2回 昭和27年(1952)1.15 ○明治大,○早稲田大 16−3 ●九州代表 平和台競技場 平山新一 第5回 昭和30年(1955)1.15 ○明治大,6−30 ○九州代表 平和台競技場 高武昭夫 第13回 昭和38年(1963)1.15 ○明治大 20,14−13 ●九州代表 平和台競技場 吉丸秀利 第42回 平成4年(1992)3.8 ○明治大 34
日本ラグビーフットボール史 (《古都京都にラグビーの息吹が》)

「明治大学にもコーチして中野のグラウンド迄行ったが之も中絶した」と六十年史には岡野豪夫の記述が残っている
年代史・観戦記・その他資料 (令和2年(2020)度)

は天理大が初優勝 第57回大学選手権は、関西大学Aリーグ1位の天理大学が準決勝で関東大学対抗戦1位の明治大学,/対抗戦は明大、リーグ戦は東海大が優勝 第91回関東大学対抗戦は箸本主将率いる明大が6勝1敗で連覇を達成
年代史・観戦記・その他資料 (平成31年(2019)1月12日 平成30年(2018)度 第55回大学選手権決勝)

2019)1月12日 平成30年(2018)度 第55回大学選手権決勝 写真 機関誌 秩父宮 ○明治大,天理大● 平成30年(2018)度 第55回大学選手権決勝 2019年1月12日 G:秩父宮 R: 明治大,島根 一磨(④天理) 3 祝原 涼介(④桐蔭学園) 3 小鍛治 悠太(②大産大附) 4 片倉 康瑛(②明大中野,両チーム自慢のスクラムでは、重量で劣る天理大が優位に組み、序盤から明大の苦戦が予想された。,しかし同7分、明大はラインアウトから攻撃を継続して前進すると、FB山沢(2年)の見事な飛ばしパスがWTB
日本ラグビーフットボール史 (《実業団と軍隊ラグビー》)

また明治大学ラグビー史には明治と関東の実業団チームとの対戦を記録した記述はまったくないが、1933(昭和,競技場は和泉とあるから明治大学のグラウンドだろう。,明治では北島忠治監督が1年先輩にあたるところから、全明治との対戦が実現したのだろう。    ,試合記録としては、日本ラグビー史が歩一(第1師団歩兵第1聯隊)について「大正13年1月13日に綱町で新進の明大,それは「機関学校のコーチが1942(昭和17)年にそれまでの京大OBから明治大学の北島忠治監督に交替した
年代史・観戦記・その他資料 (大学東西王座決定戦の歩み)

大学東西王座決定戦(35回) 優勝チームおよび優勝回数 1 早稲田大学 11回 2 明治大学 9回 3
日本ラグビーフットボール史 (《はじめに》)

明治、大正から昭和シングル世代にかけてのラガーマンにとっては、あのダークブルーの勇姿に接するだけで、感極,なお、全香港と対戦した全関東は主将和田政雄(明大OB)はじめOB8人、関西九州連合にいたっては主将阪口正二,〔戦後の来日第1号となった全香港の成績〕 ①●明治大学   0-14 全香港○ ②△全関東   
年代史・観戦記・その他資料 (令和2年(2020)1月11日 令和元年(2019)度 第56回大学選手権決勝)

令和元年(2019)度 第56回大学選手権決勝 写真 機関誌 新国立競技場 ○早稲田大 45-35 明治大,2020年 1月11日 G:新国立競技場 R: 久保 修平 KO 14:30 早稲田大 45 - 35 明治大,) 14 後 35 C2 武井 日向(④国学院栃木) 3 小林 賢太(②東福岡) 3 笹川 大五(④明大中野,) 4 三浦 駿平(④秋田中央) 4 T 0 4 片倉 康瑛(③明大中野) 5 下川 甲嗣(③修猷館),また明治巨漢ロック箸本のタテ突進をダブルタックルでことごとく止め、明治FWに勢いをつけさせなかった。
年代史・観戦記・その他資料 (3 YC&ACセブンズ)

)、東芝府中 3回 三洋電機(前東京三洋)、リコー、YCAC 2回 日野自動車(前日野ディーゼル)、明治大学,-12 ●くるみクラブ ○早大 24-10 ●YCAC 第18回 昭和51年(1976)4.11 ○明大,-18 ●朝日生命 第19回 昭和52年(1977)4.3 ○警視庁 16-6 ●エーコンクラブ ○明大,32-27 ●エーコンクラブ 第24回 昭和57年(1982)4.11 ○明大 30-10 ●法大,早大 ○リコー 28-10 ●日大 第27回 昭和60年(1985)4.7 ○東京三洋 34-12 ●明大
年代史・観戦記・その他資料 (平成30年(2018)度)

【大学】 第55回全国大学選手権、準決勝では天理大は帝京大を29-7、明治大は早稲田大を31-27でそれぞれ,決勝で明治大学は天理大学を22-17で下し王座を奪還、13回目の優勝を飾った。
年代史・観戦記・その他資料 (平成30年(2018)12月15日 第56回日本選手権大会決勝)

福岡大) 22 前 5 1 堀越 康介(帝京大) 2 有田 隆平(早大) 33 後 0 2 中村 駿太(明大,晟也(帝京大) 12 リチャード・バックマン(ネーピアボーイズ高) 0 DG 0 12 梶村 祐介(明大,13 村田 大志(早大) 14 アンダーソンフレイザー(チャーチ高) 5 反 7 14 成田 修平(明大,マット・ルーカス(キャンベラ大学)⑨、塚本健太(天理大)⑪、飯野晃司(帝京大)⑤、森川由紀乙(帝京大)①、田村煕(明治大
年代史・観戦記・その他資料 (明治44年(1911)度)

明治44年(1911)度 English Español 13シーズン目 慶応対三高、,められていたが、対戦相手のないためチーム編制に至らなかったのであるが、三高の設立によりその勧誘を受けた明治,慶応対同志社、第1回定期戦は慶応が圧勝  現在も行われている定期戦として日本最古の慶応対同志社戦は、明治,のラグビー  慶応義塾の明治時代の成績はYCACに2勝1分13敗、KRACとは1分3敗、三高に2勝、,同大に1勝で、計5勝2分16敗の成績で、明治時代の全スケジュールを終了した。 / 明治44年(1911)度
年代史・観戦記・その他資料 (明治32年(1899)度)

明治32年(1899)度 English Español 明治32年4月~33年3月(以下同,『慶応60年史』P189-208には、明治42年(1909)11月11日博文館より発行された、慶応義塾蹴球部著作 / 明治32年(1899)度
年代史・観戦記・その他資料 (明治43年(1910)度)

明治43年(1910)度 English Español 12シーズン目 三高にラグビー,加藤麟平、那須省二郎、高橋卓二らが、堀江の親戚である慶応の真島進を通じて慶応からボールの寄贈を受けたこと、明治 / 明治43年(1910)度
年代史・観戦記・その他資料 (明治40年(1907)度)

明治40年(1907)度 English Español 9シーズン目 慶応義塾創立50,群馬県太田中学に日本初の中学(旧制)ラグビー部が創部  明治40年の夏休みに慶応の竹野敬司、福島荘平両選手,慶応義塾、KRACと定期戦を開始  神戸レガッタ&アスレチック・クラブとの定期戦が決定、明治 / 明治40年(1907)度
年代史・観戦記・その他資料 (昭和48年(1973)1月6日 昭和47年(1972)度 第9回大学選手権決勝)

)1月6日 昭和47年(1972)度 第9回大学選手権決勝 写真 機関誌 秩父宮ラグビー場 ○明大,前半3分松尾のPGで明大が先行したものの、8分に中村康がPGを返して同点。,「残り時間10分、1トライ逆転を狙う明治の攻めはまさに怒濤であった。,“いけいけ”と明治のファン。“タックルだ”と早稲田のファン。,そして時計の針がノーサイド2分前を指したとき、ラックから好球が明治に出た。
年代史・観戦記・その他資料 (明治45~大正1年(1912)度)

明治45~大正1年(1912)度 English Español 14シーズン目 明治天皇崩御,、明治から大正へ 「7月30日に明治天皇が崩御され、慶応義塾では野球部、弓術部などが活動を休止したが,明治45年は8月から大正元年と改められた。,京都一中(現洛北高)にラグビー部創部 「当時はボート部員であった京都一中のラグビー部創始者の香山蕃は、明治 / 明治45~大正1年(1912)度
年代史・観戦記・その他資料 (昭和10年(1935)度)

/関東は明大、関西は同大が優勝 「早明戦観客2万を越す。,明治は笠原をSE[セブンエース、7人FWでTBとFBの間に位置するポジション]とするダブリンシステムを,明大は第8回関東大学対抗戦に全勝して2年連続3回目の優勝を飾った。,【その他】 高専は明大予科、中学は天理中が初優勝 第11回全国高専大会は明大予科が普成専門を24−0で,明大11−13、早大17−22と健闘したが及ばす、いずれも敗れた。
年代史・観戦記・その他資料 (明治35年(1902)度)

明治35年(1902)度 English Español 4シーズン目 体育会加盟へ準備 / 明治35年(1902)度
年代史・観戦記・その他資料 (昭和15年(1940)度)

/紀元2600年奉祝明治神宮国体に満州国チームを招聘 全満州チームは14−22関東代表、関西代表に17,【大学】 明大3年連続で全国制覇 第14回東西王座決定戦は、明大が関西の同大、京大、関西学大に全勝、3,/関東は明大3連覇、関西は三すくみ 第13回関東大学対抗戦は明大が全勝で3年連続6回目の優勝、第14回関西大学対抗戦
年代史・観戦記・その他資料 (明治41年(1908)度)

明治41年(1908)度 English Español 10シーズン目 慶応義塾、YCAC,「折しもあれ明治四十一年の春、当時京都の帝大におられたクラーク先生からニュージーランド遠征軍のキャプテン / 明治41年(1908)度
年代史・観戦記・その他資料 (明治42年(1909)度)

明治42年(1909)度 English Español 11シーズン目 慶応義塾蹴球部 / 明治42年(1909)度
年代史・観戦記・その他資料 (明治36年(1903)度)

明治36年(1903)度 English Español 5シーズン目 慶応蹴球部、体育会,へ正式に加盟  前述[明治33年度の項]の安藤復蔵の文に「このクラブに安藤復蔵、田宮弘太郎、太田真巳 / 明治36年(1903)度
年代史・観戦記・その他資料 (明治33年(1900)度)

明治33年(1900)度 English Español 2シーズン目 慶応義塾、ラグビー / 明治33年(1900)度
年代史・観戦記・その他資料 (明治34年(1901)度)

明治34年(1901)度 English Español 3シーズン目 日本での初試合 / 明治34年(1901)度
年代史・観戦記・その他資料 (明治37年(1904)度)

明治37年(1904)度 English Español 6シーズン目 第4回YCAC / 明治37年(1904)度
年代史・観戦記・その他資料 (明治38年(1905)度)

明治38年(1905)度 English Español 7シーズン目 東京日比谷公園 / 明治38年(1905)度
年代史・観戦記・その他資料 (昭和9年(1934)度)

明治7年(1874)1月31日生まれで59歳だった(『慶応100年史』P516)。,【大学】 京大が全国制覇 京大が関東王座の明大を16−13で下し、5年ぶり4回目の全国制覇を遂げた。,/関東は明大、関西は京大が優勝 関東では明大が全勝で第7回関東大学対抗戦を制し3年ぶり2回目の優勝を果,【国際】 明大が12月に上海遠征を行い3戦全勝で帰国した。
日本ラグビーフットボール史 (《オックスブリッジ大学連合とナイトゲーム》)

大学連合46-8関東・関西連合 ②9月13日(秩父宮ラグビー場)  オックスブリッジ大学連合27-3全明治大学
年代史・観戦記・その他資料 (明治39年(1906)度)

明治39年(1906)度 English Español 8シーズン目 YCACに4− / 明治39年(1906)度
年代史・観戦記・その他資料 (昭和6年(1931)度)

/関東は明大、関西は京大が優勝 明大が第4回関東大学対抗戦に全勝で初優勝を遂げた。,/慶応蹴球部が30周年記念祭を挙行 4月19日に武蔵新田グラウンド[明治36年から使用していた三田綱町,2回目の優勝、第7回高専大会では明大予科が17−0で関西学院を破って初優勝した。,代表以外には早大、同大、京大、明大、関東代表が挑んだがいずれも退けられた。,/昭和7年3月30日から明大が朝鮮遠征(3勝)を行った。
日本ラグビーフットボール史 (全国大学選手権大会)

京都産業大も2回戦で明治大の強力FWの前に屈した。  ベスト4は、関東大学対抗戦グループの4校。,1月2日に行われた準決勝は、慶応義塾大と明治大が対戦し、FWで前に出たい明治大、BKに決定力のある慶應義塾大,準決勝で帝京大は明治大と対戦、FWの圧力とPGで着々と加点し、前半29分オープン展開からBK同志でラック,一方、早稲田大も大阪体育大を94-7で、関西学院大を62-12で破り、準決勝戦では明治大に74-10で,筑波大は1回戦で東海大を下し、2回戦でも明治大に対し終始主導権をにぎり、得点こそ11-9と伸びなかったが
年代史・観戦記・その他資料 (7人制日本代表キャップ一覧(男子))

氏名 氏名読み方 所属(出場時) キャップ数 出場大会 1 笹田 学 ささだ まなぶ 明治大学,回香港セブンズ 第3回香港セブンズ 第4回香港セブンズ 2 西妻 多喜男 にしづま たきお 明治大学,1 第1回香港セブンズ 3 熊谷 直志 くまがい なおし 明治大学 4 第1回香港セブンズ,回香港セブンズ 第3回香港セブンズ 第4回香港セブンズ 5 津山 武雄 つやま たけお 明治大学,1 第1回香港セブンズ 6 松尾 雄治 まつお ゆうじ 明治大学 6 第1回香港セブンズ
年代史・観戦記・その他資料 (昭和21年(1946)度)

関東1位の明大と関西優勝の立命大との対戦はなく第18回の大学王座は空席となった。,/関東は全勝校なし、関西は立命大が初優勝 第17回関東6大学対抗戦が復活、全勝チームはなく明大と東大が,1敗で並んだが、当該校同士の勝敗で明大が1位。,/ナイル・キニック・スタジアム 明治神宮競技場は進駐軍に接収され、Nile Kinnick Stadium
年代史・観戦記・その他資料 (昭和52年(1977)度)

第1戦で早大明大連合が13−59、第2戦の日本選抜も50−16と歯が立たなかった。,明大は素晴らしい健闘ぶりを見せたが及ばなかった。,【大学】 明大が大学日本一、早大は交流試合で敗れる 第14回大学選手権では、明大が7−6と1点差の僅差,/対抗戦は明大、リーグ戦は日大 第48回関東大学対抗戦では、明大が日体大に苦杯をなめたが、9勝1敗で2,連覇、関西は近鉄とトヨタの同率優勝、西日本は八幡 第18回関東社会人リーグは、東京三洋が34−16で明治生命
年代史・観戦記・その他資料 (令和元年(2019)度)

ぶりに優勝 第56回大学選手権では、準決勝で強豪天理大に完勝した早稲田大が、決勝では、対抗戦で完敗した明治大,/対抗戦は明大、リーグ戦は東海大が優勝 第90回関東大学対抗戦は武井日向主将率いる明大が7戦全勝で、1998
年代史・観戦記・その他資料 (昭和29年(1954)度 第7回社会人大会決勝)

) 2 松尾 正勝(嘉穂高) 14 後 0 2 藤井 和文(明大) 3 伊藤 光徳(福岡工) 3 伊佐,) 0 DG 0 7 柴田 幹雄(明大) 8 中島 節雄(早大) 8 大和  貞(明大) 9 近藤 一雄,(明大) 4 T 0 9 土屋 英明(明大) C10 野見山 可邦(明大) 1 G 0 10 井上  ,) 0 DG 0 12 佐藤  進(日大) 13 土屋 俊明(明大) 13 横尾 正人(明大) 14,(明大) キャプテン不明  八幡は明大出の土屋俊明、早大出の佐藤英彦ら日本代表メンバーが加わり、名実
年代史・観戦記・その他資料 (昭和38年(1963)3月3日 第3回日本協会招待NHK杯)

月3日 第3回日本協会招待NHK杯 新聞記事 機関誌 秩父宮ラグビー場 ○八幡製鉄 25-6 明大,● 八幡、明大を下して二度目の日本一 昭和37年(1962)度 第3回NHK杯 1963年3月3日, G:秩父宮ラグビー場 R:江田昌佑 KO 八幡製鉄 25 - 6 明大 1 吉村 靖俊(福岡工) 8,明大も28分にラインアウトからFL太田が飛び込んで8−3と食い下がる。,後半風上に立った八幡が明大にプレッシャーをかけ、5分に明大FB安田のキックをチャージした吉村から尾崎に
年代史・観戦記・その他資料 (大正15年(1926)度)

/慶応義塾、国内チームに無敗で大正時代を終える 慶応は1899年の創部以来、明治、大正の時代、国内では,主要試合を列挙した理由は、明治・大正の時代にラグビーを始めたチームがどのような経過を経て成長していったかを,●立大 G:立大 R:馬場二郎 第2回定期戦 T15(1926).11.5 ○慶応義塾 19−3 ●明大,G:三田綱町 R:馬場二郎 第3回定期戦 T15(1926).11.11 ○早大 12−0 ●明大,G:成増兎月園 R:清瀬三郎 第4回定期戦 T15(1926).11.19 ○明大 3−0 ●商大 G
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