昭和42年(1967)1月15日 第4回日本選手権試合

秩父宮ラグビー場

近鉄 27-11 早大

近鉄、初めて王座へ

昭和41年(1966)度 第4回日本選手権試合
1967年1月15日 G:秩父宮ラグビー場 R:江田昌佑 KO 14:30
近畿日本鉄道 27 11 早大
1 川崎 守央(布施工) 3 3 1 後川 光夫(③天理高)
2 中山  忠(秋田工) 24 8 2 村山  繁(④成城高)
3 神野  崇(関西大) 3 猿田 武夫(③秋田工)
4 前田 弘夫(花園高) 0 T 0 4 新元 瑛一(④鹿児島玉龍高)
5 鎌田 勝美(法大) 0 G 0 5 八木 紀彦(③九州学院)
6 伊家村 昭二(目黒高) 1 PG 1 6 大竹 幾雄(④早大学院)
7 石塚 広治(同大) 0 DG 0 7 和泉 武雄(②松山東高)
8 河合 義信(目黒高) C8 藤本(蒲原)忠正(④天理高)
9 大久保 吉則(法大) 6 T 1 9 山田 建夫(④西南学院)
10 豊田 次郎(西南学大) 3 G 1 10 山本  巌(②新田高)
11 坂田 好弘(同大) 0 PG 1 11 萬谷 勝治(③堀川高)
12 長谷川 雄彦(同大) 0 DG 0 12 犬伏 一誠(④天理高)
13 片岡 幹男(関西大) 13 吉岡  徹(④専大京王高)
C14 神庭 正生(天理高) 11 9 14 宮吉 正彦(①大東一高)
15 伊海田 誠男(日大) 15 芝崎 有宏(④城北高)

 学生を制覇した早大のセブンFWは、社会人に通用しなかった。後半2分、近鉄バックローセンター[現在のNo8]石塚が密集を抜けてトライ。続いてバックロー[現在のフランカー]伊家村、WTB坂田がトライしてリードを広げる。近鉄はスクラムで、早大の7人FWをじりじりと押しまくる。早大はオープン攻撃の要、セブンエース[TBとFBの中間に配置するポジション名]藤本が攻撃参加どころか、FWが押されたため、常に防御に回らなければならなかった。早大は後半30分、犬伏の快走から宮吉がトライを返したものの、これが精いっぱい。山本の2PGと合わせて11点にとどまった。

 私は近鉄主将石塚広治の、強力FWをリードして早大セブンシステムの弱点を突く、見事なゲーム運びに脱帽した。スクラムから早く展開して近鉄を崩したい早大を、がっちりと両褌を引きつけて寄り切った、近鉄の横綱相撲だった。