年表 川西市のできごと(1954~2023)

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キーワード:1980年代
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No 年月 西暦 できごと 関連 備考 キーワード
1 昭和55年 1980 10月に川西能勢口駅付近連続立体交差事業が認可され、事業がスタート。事業の目的は交通体系を確立し、高架化することで8カ所の踏切をなくし、交通渋滞の緩和や街の機能回復と豊かな環境を創出することでした。また11月には「総合センター」が完成。同和対策事業の一環として建設されました。そして12月には市内で最初のコミュニティ組織である「多田小学校区コミュニティ推進協議会」が設立されました。この年、日本の車の生産台数は初めて1,000万台を突破し、世界一になりました。

【世帯数】38,101世帯
【人口】129,834人

2 昭和55年3月 1980/3 「旧福田家住宅」が県の指定文化財に指定される
3 昭和55年5月 1980/5 川西南公民館・川西南行政センターを設置する
4 昭和55年6月 1980/6 川西市分庁舎および口腔センターが完成する
5 昭和55年8月 1980/8 国鉄「川西池田」駅が新駅舎になる
6 昭和55年10月 1980/10 川西能勢口駅付近連続立体交差事業事業認可
7 昭和55年11月 1980/11 川西市総合センターがオープンする
8 昭和55年11月 1980/11 予防歯科センターがオープンする
9 昭和55年12月 1980/12 多田小学校区コミュニティ推進協議会が設立される
10 昭和56年 1981 5月に「心身障害者福祉センター」(小戸作業所)が完成。国際障害者年にあたるこの年、心身障がい者の職業的・社会的な自立を図ることを目的に開設されました。センターは鉄筋コンクリート2階建てで、エレベーター、障がい者用トイレ、スロープ、手すりなどを設置。また6月には県立川西保健所も完成しました。神戸では神戸ポートアイランド博覧会が開催され、35カ国が出展。180日間で入場者は1,610万人に上りました。

【世帯数】38,852世帯
【人口】131,486人

11 昭和56年 1981 鶯が丘分譲開始
12 昭和56年3月 1981/3 加茂雨水ポンプ場完成
13 昭和56年3月 1981/3 川西市社会福祉事業団設立
14 昭和56年4月 1981/4 国鉄福知山線が複線電化される
15 昭和56年5月 1981/5 心身障害者福祉センター(小戸作業所)が完成する
16 昭和56年6月 1981/6 県立川西保健所が完成する
17 昭和56年8月 1981/8 地域振興発展の功績たたえ17人1団体に初の「りんどう賞」を贈る
18 昭和56年12月 1981/12 社団法人川西市シルバー人材センター設立認可
19 昭和56年12月 1981/12 能勢電鉄が「川西能勢口」「川西国鉄前」間を廃止する
20 昭和57年 1982 4月に多目的ダムとして治水と利水を目的に総工費約625億円をかけて建設された「一庫ダム」が完成。完成を記念して第1回一庫ダム周遊マラソン大会が開催されました。また川西北コミュニティ連絡協議会が設立され、さらに県立西猪名公園が久代に一部オープンしました。この年、機長の心身症に由来する誤操作で日航機が羽田で着陸寸前に海上に墜落。「逆噴射」 という言葉が流行語になりました。

【世帯数】39,430世帯
【人口】132,794人

21 昭和57年4月 1982/4 川西中央保育所開設
22 昭和57年4月 1982/4 一庫ダム竣工
23 昭和57年4月 1982/4 第1回一庫ダム周遊マラソン大会が開催される(現・川西一庫ダム周遊里山ファンラン)
24 昭和57年4月 1982/4 県立西猪名公園が久代に一部オープンする
25 昭和57年4月 1982/4 川西北コミュニティ連絡協議会が設立される
26 昭和57年9月 1982/9 栄根遺跡から奈良時代の墨壺が出土する
27 昭和57年10月 1982/10 県広域水道事業多田浄水場が給水を開始する
28 昭和57年10月 1982/10 栄根遺跡から古墳時代の丸木舟が出土する
29 昭和58年 1983 6月に多田東小学校区コミュニティ推進協議会が設立されました。また9月に発生した台風10号による記録的な豪雨で、約500戸が浸水被害を受けた川西市は災害対策本部を設置。被害状況の把握と災害復旧作業などに取り組み、被災者を対象に市税の減免措置や災害援護資金の貸し付けなどの救済制度を設けました。10月には市立川西病院が東畦野に新築移転しオープン。人口増加と高齢化社会への移行による医療需要に応える総合病院として整備拡充されたもので、全身用X線コンピューター断層装置など最新医療機器を備えました。

【世帯数】40,225世帯
【人口】134,444人

30 昭和58年1月 1983/1 移動図書館車「ともしび号」が巡回を開始する
31 昭和58年4月 1983/4 県立川西北陵高校が開校される
32 昭和58年4月 1983/4 多田東小学校を開校する
33 昭和58年4月 1983/4 第2次市総合計画がスタートする
34 昭和58年6月 1983/6 多田東小学校区コミュニティ推進協議会が設立される
35 昭和58年7月 1983/7 市営斎場完成
36 昭和58年9月 1983/9 台風10号による記録的な豪雨で約500戸が浸水被害を受ける(尼崎市・伊丹市・川西市・豊中市・池田市・能勢町。半壊8戸、床上浸水353戸、床下浸水2,854戸、田畑39ha)
37 昭和58年10月 1983/10 市立川西病院が東畦野に新築移転オープンする
38 昭和59年 1984 3月に大阪国際空港騒音訴訟の裁判上の和解が成立しました。また8月1日に市制30周年を迎え、記念式典をはじめ多彩な記念行事を行いました。記念式典は1日に市文化会館大ホールで開催し約1,000人が出席。このほか世界的バイオリニスト辻久子さんの演奏会などを開催しました。10月には総合体育館がオープン。市制30周年記念事業として建設されたもので、地上2階、地下1階建てで従来の市民体育館の約2倍の規模でした。この年の日本人の平均寿命は男性74.20歳、女性79.78歳となり、男女とも世界一になりました。

【世帯数】40,800世帯
【人口】135,491人

39 昭和59年 1984 鷹尾山けやき坂分譲開始
40 昭和59年2月 1984/2 栄南団地の分譲受け付けを開始する
41 昭和59年3月 1984/3 大阪国際空港騒音訴訟が和解調印する
42 昭和59年5月 1984/5 清和台公民館(サービスセンター併設)を設置する
43 昭和59年8月 1984/8 市制施行30周年記念式典を行う
44 昭和59年10月 1984/10 財団法人川西市体育・スポーツ振興事業団設立
45 昭和59年10月 1984/10 総合体育館がオープンする
46 昭和60年 1985 将来の20万都市に備えるために進めていた、北部清掃工場の改築工事と粗大ゴミ処理施設の新設工事が3月に完成。新工場は地上3階地下1階建てで、完成により市内のゴミ処理能力は日量175tから225tにアップしました。また市はコミュニティ作りを推進し、6月には牧の台小学校区、7月には久代小学校区にコミュニティ推進協議会が設立され、再開発ビルパルティ川西がオープン。8月には川西市コミュニティ協議会連絡会が発足しました。G5によるプラザ合意の結果円高が進んだこの年、日本では日本電信電話公社が民営化されNTTが誕生しました。

【世帯数】40,753世帯
【人口】136,376人

47 昭和60年 1985 日生ニュータウン分譲開始
48 昭和60年3月 1985/3 北部清掃工場が完成する
49 昭和60年5月 1985/5 株式会社パルティ川西を設立
50 昭和60年5月 1985/5 養護老人ホーム「満寿荘」が新築移転する(デイ・サービスセンター併設)
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