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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史 第3巻 下 (0583)

ての一月一八日、 毛馬内町、 錦木村、 七滝村は、 それぞれの町村議会において合併決議をあげたが,会長の七滝村長から、 四カ町村合併促進協議会解散の通知が各委員へ書面で届けられた。,その直後の二月一日、 大湯町を除く三カ町村合併の線で、 毛馬内町・錦木村の連署をもってその旨を七滝村,同月一四日、 七滝村長の要請により三カ町村長、 正副議長が毛馬内町役場に参集した席上、 七滝村長,同二月一八日、 協議中の毛馬内・錦木側委員に対し、 七滝側委員から、 七滝村は未だ円満な分割合併
鹿角市史 第3巻 下 (0584)

七滝村が三カ町村合併計画を断念したことには、 次のような事情があった。,すでに二九年八月に七滝村に対し小坂町より合併の申し入れがあり、 七滝村では九月、 小坂町との合併か,二月一五日七滝村長より小坂町長へ、 小坂町との合併を希望するとの回答を行った。,十和田高原をもつなど林産・鉱産資源にも恵まれ、 ての町域二四一平方キロメートル余は、 毛馬内・錦木・七滝三町村,、 大湯温泉等の観光・保養地を中心にすべしと主張する有識者も多く、 その観点からすれば、 当時七滝村域
鹿角市史 第3巻 下 (0644)

温泉に臨時駐在所を開設し、 三七年駐在所を新築、 翌年から冬期間も常駐したほか、 荒谷駐在所を七滝駐在所,尾去沢警察官駐在所湯瀬、 錦木、 下川原、 柴平、 十和田湖、 曙、 長谷川、 トロコ、 七滝,鹿角警察署交通安全運動警察官派出所小坂警察官駐在所湯瀬、 錦木、 下川原、 柴平、 十和田湖、 曙、 長谷川、 トロコ、 七滝
鹿角市史 第3巻 下 (0579)

尾去沢町、 宮川村、 曙村、 柴平村」、 「大湯町、 毛馬内町、 錦木村」、 「小坂町、 七滝村,七滝は、 小坂と毛馬内と大湯に分割合併などと話題になるのだが、 これは合併の相手側の方で希望しない,七滝は細長い村だけにこうした村と合併しても、 役場の仕事はふえるばかりで複雑にだけなる。
鹿角市史 第3巻 下 (0582)

毛馬内町、 大湯町錦木村、 七滝村による合併打合せ同年一〇月大湯町役場において、 四カ町村長、,助役、 正副議長、 議員四名ずつで合併促進協議会を設けることを決め、 会長に七滝村長を選任し、,事務局を七滝村役場に設置した。
鹿角市史 第5巻 (0374)

#183; 自衛隊合憲の統一見解が出た鹿角角関係事事項出 典毛馬内·錦木」「小坂·七滝,九·二二郡北、 毛馬内·大湯·錦木·七滝四町村による鹿角タイムス,一〇·一一毛馬内·大湯·錦木·七滝四町村の合併促進協議同同会を
鹿角市史 第3巻 下 (0437)

第5表大正一四年鹿角の実業補習学校(小坂・七瀧地区を除く)(『大正一四年鹿角郡*昭和四年工業専修学校となる
鹿角市史 第3巻 下 (0578)

一三六町村に減らす合併計画を立て、 鹿角郡内は「花輪町、 尾去沢町」、 「毛馬内町、 錦木村、 七瀧村,の一部」、 「小坂町、 七瀧村の一部」を計画町村にあげ、 さかんな働きかけを行った。
鹿角市史 第3巻 下 (0577)

第一章進む民主化注1十和田山根字館ケ沢の「八幡神社」は、 秋田県の名簿では「七滝神社」となっているが
鹿角市史 第3巻 上 (0656)

但し七瀧神社のみ、 一部現鹿角市内の地域があるため、 取上げた『神社明細帳』秋田県庁所蔵、 及び
鹿角市史 第3巻 上 (0606)

文化の展開※このほか現在は小坂町に属する地区に、 荒谷青年団、 万谷青年団、 上川原青年団(以上七滝村
鹿角市史 第3巻 下 (0262)

27表馬の飼養戸数・頭数(大正9年)(『秋田県産業調査参考書』より)〓し10ヵ町村のうち小坂町、 七瀧村
鹿角市史 第3巻 下 (0525)

花輪町大里周蔵柴平村金沢憲司七瀧村谷田部亮一尾去沢町高杉重右衛門毛馬内町伊藤良三小坂町木村定治曙村斎藤吉之助銅木村佐々木鉄蔵宮川村成田元吉大湯町諏訪富多小坂,毛馬内町・大湯町・尾去沢町・宮川村・柴平村ともに二二名、 暖村・錦木村とも一六名、 小坂町二六名、 七瀧村一六名
鹿角市史 第3巻 上 (0348)

牛飼育状況第二章産業の発展明治40年内訳円実計算不突合(明治40年『鹿角郡統計要覧』)が出色の位置を占めており、 七滝
鹿角市史 第3巻 下 (0331)

この寄附金の内訳は小坂町四、 八〇〇円、 七瀧村二、 三〇〇円、 毛馬内町・大湯町五〇〇円ずつ,しかしこのような賠償金も、 窮迫した農家にとって焼石に水の有様で、 新聞報道は、 小坂・七瀧方面
鹿角市史 第3巻 下 (0667)

鹿角では七滝簡易郵便局が二五年八月一日に当時の七滝村役場内に設けられた。
鹿角市史 第3巻 下 (0490)

鹿角でもっとも徹底して行ったのは、 七滝村で、 高清水の村社八幡神社に村内の村社・無格社など二八社,を合併して七滝神社とした。
鹿角市史 第3巻 下 (0156)

このうち鹿角では、 宮川村、 大湯町、 七瀧村で行われた。,大里周蔵が宮麓小学校で二日間、 大湯町では小笠原三春が大清水開墾事務所、 扇平分教場で各一日、 また七瀧村
鹿角市史 第3巻 下 (0431)

小坂・七瀧・毛馬内の農民は煙害賠償期成同盟会を組織し鉱山側と交渉したが、 取り合われなかった。,七滝村の農地の大部分は毛馬内の地主の小作地であった。
鹿角市史 第3巻 上 (0337)

その内七滝村の芦名沢部落は、 被害調査から除外された結果、 一〇月七日部落民一〇〇名ばかりが小坂鉱山事務所,煙戸崎害問題の高まりのなかで、 四二年九月一三日、 鹿角郡長)、 毛馬内町長田中虎二郎)、 七滝村長
鹿角市史 第3巻 下 (0500)

また、 神社の祭礼への参拝者も増加し、 特に大日霊貴神社の旧正月二日の祭礼・旧四月八日の例祭・七滝村
鹿角市史 第3巻 下 (0113)

なお無産派当選者の勢力分野は、 小坂三、 七瀧一の日本大衆
鹿角市史資料編 第23集 (0047)

御祈祷候御守礼奉差上候御尋付書上仕候以上天台法輪院末寺岩屋山福昌寺文化九年六月不動院中野三左衛門殿橋本定右衛門殿前書之通申出候間取次差上申候以上六月御代官両人懸り前同断前同断留ニ覚俗別當鹿倉村長五郎一藤原村七瀧大明神但堂弐尺四面右之通此度御沙汰,り前同断三人前同断留ニ有之候口上之覚私共支配処毛馬内御代官所堂社書上候様御沙汰ニ付吟味之上書上仕候内七瀧明神別当
鹿角市史 第3巻 下 (0329)

第63表小坂鉱山・昭和元年度煙害賠償額発表分・七瀧村などの総額は金額が合わないが、 原文通り掲げた。
鹿角市史 第4巻 (0492)

五日五日は小坂の市日、 毛馬内、 七滝北部の人で、 どんなものでも売れ果てゝ残ったためしは未だなく
鹿角市史 第3巻 上 (0262)

・通信の発達〓第13図電話線架設の見える柴内風景(適産調の中から)現在は小坂町の行政区内である上向・七滝
鹿角市史 第3巻 下 (0178)

道路について秋田魁新報にも、 十和田田澤の名勝地に對するものは左の如し十和田街道(新路線)大湯より七滝村發荷迄編入
鹿角市史 第3巻 上 (0345)

なお、 日露戦争鹵獲牝馬王家屯号(鹿毛)は七瀧成田市郎兵衛が貸付をうけたが、 惜しくも四二年七月に
鹿角市史 第3巻 上 (0299)

内田平三郎(尾去沢村)吉田熊太(花輪町)柳沢善六、 田子平太郎(以上錦木村)、 安保忠太郎(七滝村
鹿角市史 第3巻 下 (0228)

大湯村国有林内大清水沢一帯は毛馬内小林区署の造林地であったが、 当時小坂鉱山煙害の甚だしかった七瀧村民
鹿角市史 第3巻 下 (0154)

、 郡内一〇町村のうち柴平村には医師の常設出張所はあったが、 曙村、 柴平村、 錦木村、 七瀧村
鹿角市史 第3巻 下 (0165)

大正時代、 鹿角に設置された巡査駐在所は二年五月七瀧村上向、 八年一〇月大湯町草木であった。
鹿角市史 第3巻 上 (0670)

年八月から大湯教会の伝教者となった桶本喜太郎が、 県知事届出の履歴書に大湯村及び花輪町・毛馬内町・七滝村
鹿角市史 第3巻 下 (0061)

八年二月紀元節に当り、 柴平・七瀧両村は三年間、 毛馬内町は二年間、 地方税の納期内完納を継続達成
鹿角市史 第3巻 上 (0319)

同年二月一日付紙面には、 無限責任長牛信用購買組合、 有限責任七瀧村購買組合の登記公告が掲載されている
鹿角市史 第3巻 上 (0583)

毛馬内南部連合区域尾去沢村宮川村柴平村花輪町曙村北部連合区域毛馬内町大湯村錦木村小坂村七滝村これにより
鹿角市史 第3巻 下 (0193)

救農工事で鹿角分の県道は、 大館盛岡線(花輪)、 大館三戸線(錦木・毛馬内・大湯)、 発荷休屋線(七滝
鹿角市史 第3巻 下 (0495)

解散郡北方面六月十六日午前九時半錦木村末広駅に集合、 錦木村沿道部落を托鉢、 毛馬内に入り仁叟寺に於て昼飯、 毛馬内町を一〓七滝村
鹿角市史 第3巻 下 (0444)

その総数は三七カ町村で、 本郡では曙村・柴平村・七瀧村がこれに認定されている。
鹿角市史 第3巻 下 (0526)

鹿角郡一〇カ町村のうち、 七滝村、 柴平村、 錦木村、 宮川村、 曙村の五カ村は自治体警察を
鹿角市史資料編 第1集 (0116)

尚七郎氏は毛馬内簡易小学校長、 七滝村長を歴任している。
鹿角市史 第3巻 上 (0344)

陸青毛明治三九年四月斃死宮川渋谷正治花国鹿毛明治四三年一〇月斃死錦木青山文太郎大曲鹿毛明治四二年四月斃死小坂秋本喜之稲田青毛七滝沢田伊之助玉柳鹿毛明治三九年九月斃死大湯木村文吉風巻鹿毛花輪賀川芳五郎
鹿角市史 第3巻 上 (0311)

なお、 一等賞は左の通りで立山家小作人の表彰者は、 ほかに七瀧村安保新太郎であった。
鹿角市史 第5巻 (0308)

ハリストス正教会信者数一四三名と報告す秋田県庁文書同九·一三鹿角郡長、 毛馬内町長、 七滝村長
鹿角市史 第5巻 (0321)

同各郡市の反別調査実施悪性流行性感冒県内に猖獗、 死亡三、 二〇〇名二·一一柴平·七瀧両村
鹿角市史資料編 第14集 (0062)

〓瀧ノ澤御林同村御林守三九郎印西は川限東は土手はぶ限北は小瀧村専右衛門居垣御林限南は七瀧ノ澤限杉六拾三本内一
鹿角市史 第5巻 (0377)

多発する同太陽族·ノイローゼ·一億総白痴化など流行語となる三 ·二〇旧七滝村山根地区
鹿角市史 第3巻 下 (0651)

十和田湖畔線…鹿角郡七滝村上向字生出より同村滝の沢国有林青森県界に至ス毛馬内・角館線鹿角郡錦木・柴平・
鹿角市史 第3巻 上 (0230)

北鹿連合衛生会北鹿連合衛生会の北鹿とは北部鹿角の略で、 毛馬内、 錦木、 七滝、 小坂、 大湯
鹿角市史 第3巻 上 (0292)

曙・宮川・柴平は花輪・尾去沢へ、 大湯・錦木・七滝は毛馬内・小坂へとその結び付きが強かった。
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