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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史 第2巻 上 (0390)

現在詣館には「下モ鍛冶一統建之」「天之目命」「大正十四年四月十七日」と刻してある高さ二メートルほどの碑が三倉山,その碑の周辺には祭神不明の五、 六基の小石祠がいずれも三倉山にむかいながら置かれている。
鹿角市史 第2巻 上 (0391)

さらに石碑や石祠が三倉山に正対していること、 十二川原の伝説にも鍛冶屋神として三倉山が出て来ることなどからみて,、 三倉山自体が鍛冶屋仲間の信仰の対象であったと見られる。
鹿角市史 第2巻 上 (0389)

かつてこの碑は、 文政一三年当時花守館とも詣館と三倉山輪の鍛冶仲間たちが、 三倉山をのぞむ詣館(いわれる
鹿角市史 第2巻 下 (0403)

②倉大神社三倉山に鎮座する倉大神の社は、 鞍大明神とか三倉山大明神などとも称されていた。
鹿角市史資料編 第6集 (0078)

付左之通久保田村由衛門江被仰渡其方儀御吟味之筋有之御糺之上急度被仰付様茂有之候得共格外御憐愍を以手錠下御免慎被仰付右之通御沙汰佐藤新蔵御同心両人肝入御用相済御訴申出一、 三倉山別当沢井但馬罷出,られ昨日三倉山御祭事相済候御守札前例差上参候処御替地後何方へ差上候而可然哉差上不申居候当年より差上候間宜被仰上被下度旨被申出御守札御神酒差出十五日一
鹿角市史 第2巻 上 (0025)

、 福本長兵衛三鍛冶業の展開三五一鹿角野鍛冶、 十二川原伝説、 湯殿山碑と鍛冶仲間、 詣館と三倉山
鹿角市史 第2巻 上 (0568)

とすれば柴内用前山から皮投岳、 三倉山へかけての一帯であろう。
鹿角市史 第4巻 (0438)

十七日は朝から同業者が集まり神官を頼んで拝んでもらい、 その後、 十二川原(十二屍)や三倉山に行き
鹿角市史 第1巻 (0667)

昭和二十年前後まで盛んに行なわれたのが、 旧暦四月八日、 五ノ宮嶽・皮投嶽・三倉山をかけて登山巡拝
鹿角市史 第2巻 下 (0430)

五ノ宮嶽、 皮投嶽、 三倉山、 月山、 黒森山など、 これらの山々を中心とした山岳信仰の盛んな
鹿角市史 第4巻 (0670)

春は四月十七日、 秋は十二月十七日が祭礼日で、 春は三倉山に登って鍛冶屋の繁盛を祈り、 秋は鍛冶場
鹿角市史 第4巻 (0112)

また花輪の三倉山(七五四メートル)などにおける冬山登拝や、 山根の芦名神社(元十一面観音堂)の裏山(
鹿角市史 第3巻 上 (0458)

今も花輪詣館館己)には、 同町鍜冶仲間の嘱による博士揮毫の鍜冶屋神「天之目一神」の大石碑が東の三倉山
鹿角市史 第2巻 上 (0388)

この一二名の屍をさらした所を十二川原といい、 娘と乳母の霊は鍛冶屋の神とされる三倉山に祀ったという。
鹿角市史 第4巻 (0673)

〓角盆地の東側にひときわ高くそびえる五ノ宮獄・皮投岳・三倉山の三山に登り参拝する講がめり、 これを三嶽参
鹿角市史 第4巻 (0616)

またこの日、 五ノ宮嶽・三倉山・皮投岳の三山を巡拝する三嶽参りも行われている農村部では田打作業が終った
鹿角市史 第3巻 上 (0637)

八幡黒沢神明近世の鹿角の社家は、 花輪の三日市(幸稲荷神社)・幡坂)・沢井一三倉山神社)・宮館)・黒沢
鹿角市史資料編 第12集 (0032)

小荷駄調役工藤経人一、 玉薬懸川目武八郎、 手傅菊池善兵衛、 石倉八太郎、 荒子拾人、 内五人鉄炮持一、 三倉山別当来明日祭事
鹿角市史 第5巻 (0569)

馬伏谷地迷ヶ平〔青森県〕円子村〔岩手県〕丸館万座万才 〔尾〕万山林(山)万谷村〔小坂町〕111三ヶ田 (村)三倉山水沢
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