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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史 第2巻 下 (0600)

へ押し、 同村放火惣勢九ツ時十二所へ着陣の所、 未だ定らざる内に御国勢大滝にて戦ひ、 利を失ひ三哲山,夫より御家勢柳五郎殿差図にて三哲山を越え、 下新田へ引取る。,尤も大炮は三哲山越難きため、 民人を以て打方人数下知し土深井を廻り下新田へ帰る。,数日間に増強された秋田勢に大滝で猛烈な迎撃を受け、 繰り引きして佐渡隊は土深井、 向井隊は一部を三哲山下
鹿角市史資料編 第1集 (0079)

着支度調同処出兵人数共残らず別所口へ押し同村放火惣勢九時十二所へ着陣の所未だ定まぎる内に御国勢大滝先にて戦ひ利を失い三哲山,門北郷久米治御同心安蔵多助理八大〓方浅利勇七中軽米儀八台の後ろ山へ登り其の後罷帰る夫より御家勢柳五郎殿差図にて三哲山,を越え下新田へ引取る尤も大〓は三哲山越難きため民人を以て打方人数下知し土深井を廻り下新田へ帰る一、
鹿角市史資料編 第30集 (0102)

ニ備置候処同様山ノ手為登候事、 照武隊松林ノ中へ備旗本共ニ山ノ崎へ備立候処、 佐渡方兵隊追々引揚三哲山迄引,為登置三小隊ニテ山ノ崎より頓テ暫時ノ内砲発終ニ敵進兼候ニ付、 山ノ手ノ兵隊追々相下ケ最早晩景ニ及候ニ付繰引三哲山下,今日土深井迄参り軍議有之事、 箱館戻りノ兵隊不残着揃ノ事八月廿日蔵人手兵隊今暁七ツ時過人数繰出し三哲山下左
鹿角市史 第2巻 下 (0589)

楢山氏の軍勢は、 十二所の郊原と三哲山の半腹と其麓と其南なる森林の中より大小炮を烈しく打立る。,緒戦で勝利を博した佐渡は、 兵を十二所三哲山に伏せ、 本隊は沢尻に宿陣した。
鹿角市史資料編 第1集 (0085)

打方共御頼に付き根市練蔵大里儀左エ門安保夘七玉薬相添えつかわす一、 益人様ならびに恵吉殿より御手勢相い分け三哲山,へ堅め候の様申し参り候へども三哲山へ引退き候義不審に存じ柳五郎殿へ談合候処左様候て権隊を以て相堅め時々廻
鹿角市史資料編 第29集 (0136)

沢尻村御陳処放火三哲森影ニて打合有之由、 其外葛原村より大炮打出し居候由、 是ハ敵味方相分不申由、 三哲山頂二
鹿角市史 第2巻 下 (0599)

十二所に於て諸将軍議相談之上、 都合もこれ有り兵隊繰引ニ而、 吉兵衛手土深井野原江陣取、 蔵人手三哲山下江野陣
鹿角市史資料編 第1集 (0088)

工藤友蔵廻りとして北森へ参り候処一、 別所村百姓長左エ門子参り今晩明晩夜打いたし候趣尤も鍋島人数にて三哲山襲
鹿角市史資料編 第29集 (0132)

追々進入袴越迄乗取候由、 葛原口は猿間迄相進候得共同処ニ相堅メ居双方打合最中と申事、 右ニ付土深井口も三哲山近辺江陳
鹿角市史資料編 第12集 (0048)

三哲山江被差置候御人数火之手より先ニ相進候趣勝敗不相分旨申出申上ル。
鹿角市史資料編 第30集 (0101)

明候事八月十三日十二所ニ於テ諸将軍議相談ノ上、 都合も有之兵隊繰引ニテ吉兵衛手土深井野原へ陣取、 蔵人手三哲山下
鹿角市史資料編 第30集 (0112)

居候同所四ケ所計りへ所百姓ヲ以火ヲ掛山ノ手并川端ヨリ頻りニ砲発致シ候ニ付、 佐渡方勢静カニ兵隊土深井迄引揚三哲山
鹿角市史資料編 第29集 (0137)

候趣味方怪俄人弐人有之候得共敵壱人も打取不申由、 夜打江参候敵は誠二小人数聊三拾人計と申事二候、 今朝より又々御進軍三哲山并沢尻下
鹿角市史資料編 第30集 (0100)

小銃五六発討候得共敵相見得不申候、 追々人数繰込候処人家明家二付一同葛原村へ押入百姓生捕探索中、 十二所〓三哲山下野原
鹿角市史 第5巻 (0588)

〕猿田沢〔大館市〕猿間村〔大館市〕沢口〔花〕沢小路沢尻(村)〔大館市〕沢尻(村)三光塚 〔尾〕三四森三哲山
鹿角市史資料編 第12集 (0049)

三哲山江ハ是迄之通御人数上り居、 三ツ矢沢之方ハ敵袴腰山より味方南森と申所より打居、 何レも玉届不申由也
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