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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史 第2巻 下 (0381)

近世の大湯は、 下の湯川原の湯、 上の湯の三カ所に浴場が分れ、 口碑によると下の湯は文明年間一一四六九,(八六)、 川原の湯一六二四~四四)、 上の湯は萬治年間一一六五八~六)よりそれぞれ浴舎が設けられたという,大湯を概観して、 寛政二年(一七九〇)高山彦九郎は「上の湯の万之なるが家に宿る。,文政七年(一八二四)『鹿角大湯日記』菊地武候・岩手県立図書館蔵)には、 上の湯が町外れにあり、 先年
鹿角市史 第2巻 下 (0384)

天保九年(一八三八)の記録には、 町の端に上の湯家三軒、 同所町の端に下の湯があって家一六軒、,上の湯、 下の湯、 川原の湯のほかに、 すでに幕末から荒瀬の湯が開かれていたことは、 萬延元年,(一八六〇『両鹿角扈従日記』(上山守古・盛岡市中央公民館蔵にみえる、 「上ノ湯ハ下ノ湯よりハ余程遠し,、 上ノ湯よりまた余程隔荒瀬ノ湯とて在之由」の記事からも知られる。
鹿角市史 第3巻 下 (0407)

テ上や下から伝馬()コ来る伝馬コ稼いで銭コとる永く住みたい湯瀬村ヿ湯は上の湯、 中の湯、 下の湯、,湯瀬温泉はホテル、 姫の湯が二大旅館として大量の団体を吸収してゐるが、 その他の湯治浴客に対しては上の,湯、 下の湯、 高見、 田中、 菊の湯、 六助中の湯程度であり不十分且つ時代的でない所もあったが,、 此度下の湯成田氏、 上の湯阿部氏は何れも時代的設計に基き新築の工を起し、 今秋迄に落成することになった
鹿角市史 第4巻 (0279)

(大湯ホテル、 諏訪富多)野菜、 椎茸の栽培、 育苗、 陶器、 工芸品の乾燥室○四戸温室(上ノ,湯四戸虎之助)野菜の促成栽培、 育苗、 草花育苗○米田温室(上ノ湯米田恒太郎)草花育苗、 野菜の
鹿角市史 第4巻 (0254)

たとえば大湯の下ノ湯は中風に、 上ノ湯は胃腸、 川原ノ湯は瘡や皮膚病に、 荒瀬ノ湯は神経痛や婦人病,共同浴場は湯小屋が建てられ利用された古い順に、 下ノ湯・上ノ湯・川原ノ湯・荒瀬ノ湯の四カ所がある。
鹿角市史 第4巻 (0270)

当時の大湯は家数百四十軒ほど四時「上ノ湯は下ノ湯よりハ余程遠し、 上ノ湯よりまた余程隔荒瀬ノ湯とて在之由
鹿角市史 第4巻 (0273)

大湯には下ノ湯・上ノ湯・川原ノ湯・荒瀬ノ湯の四つ、 湯瀬には下ノ湯・中ノ湯・上ノ湯の一刀所に共同浴場
鹿角市史 第4巻 (0256)

上の湯、 下の湯、 河原の湯という。 なかんづく下の湯は近国にめづらしき名湯なり。,上の湯の万之なるが家に宿る。
鹿角市史 第4巻 (0251)

)大湯下ノ湯文明年間(一四六九~八七川原ノ湯寛永年間(一六二四~四四上ノ湯万治年間(一六五八~六一)荒瀬
鹿角市史 第4巻 (0653)

かつては、 上町へ上ノ湯の人たちが二、 三十人も集まった。
鹿角市史 第3巻 上 (0217)

のため流失一一・旧六・一大湯村で大雷雨、 大洪水で大湯川氾濫、 溢水氾濫は大和橋より起こり、 上ノ,湯の根を洗って一面の湖となる。
鹿角市史 第3巻 下 (0178)

鹿角関係では、 来満街道は、 大湯上ノ湯から青森県境間、 十和田街道は、 大湯から銚子の滝間、
鹿角市史 第5巻 (0558)

ゆかみちょうめかみゆちょうめかまさわかみうちのかかみおりとかみかわらかみかみやしきか み や ちノ湯, 上の,湯1丁目, 上の湯2丁目, 上屋布, 上谷地, 546
鹿角市史 第5巻 (0420)

一二·大湯温泉の上ノ湯·下ノ湯公衆浴場の改装工事同広報かづのが完成した。
鹿角市史 第5巻 (0594)

上川原〔小坂町〕上小路(古町)上小坂紙漉沢〔青森県〕上陣場上堰向上田子〔青森県〕上トロコ上中島上新田上ノ,湯〔大〕上ノ湯 〔湯瀬〕上花輪上町〔大〕上町〔毛〕上山〔尾〕· 491 · 536
鹿角市史資料編 第3集 (0033)

此弁慶の史実を大円寺過去帳ニ探るに、 町の弁慶なる者と上の湯の弁助の妻ハ同年五月二十八日ニ記され、,依て上の湯弁助夫婦か是傳ニ該当すること二疑の餘地かなく、 「不圓禅男天明四辰五月十五日上湯弁助也」「
鹿角市史 第4巻 (0191)

なお大湯の若者組は二つに別れており、 中町・上町・湯ノ岱・上ノ湯などの上若と、 下ノ湯・川原ノ湯・
鹿角市史 第3巻 下 (0458)

文化閣は戦後焼失し、 のちに大湯中央劇場が上の湯に建った。
鹿角市史 第5巻 (0227)

かみこの年 大湯温泉、 町の端に上の湯三軒、 さらに町の端しもに下の湯家一六軒あったという。
鹿角市史 第5巻 (0315)

大館市史七·三一大湯川氾濫し大和橋流失、 上の湯·川原ノ湯一帯浸水。
鹿角市史 第4巻 (0262)

今のホテル湯瀬ホ)は家名そのままに直右エ門と呼んだし、 上の湯は医者ど、 それから六助、 高見、
鹿角市史 第3巻 下 (0392)

また同紙は、 旅館等を紹介し、 上の湯に千葉旅館、 下の湯に亀屋旅館、 川原の湯に高島旅館、
鹿角市史 第5巻 (0379)

四·三〇大湯上の湯出火、 住家三棟·非住家二棟焼失す。
鹿角市史 第5巻 (0274)

一大湯川洪水大和橋より溢れ、 上ノ湯一帯冠水す。
鹿角市史 第3巻 上 (0625)

大湯村大湯部落予算によると、 四二年に温泉(上ノ湯、 下ノ湯、 川原ノ湯)点灯、 四三年に浴湯点灯
鹿角市史 第2巻 下 (0386)

両鹿角扈従日記』に、 湯瀬には上ノ湯、 下ノ湯二カ所がある、 当所は往還筋より四、 五〇間、
鹿角市史 第3巻 下 (0192)

同年、 湯瀬温泉の湯瀬駅から道路に沿い、 下って踏切りを渡り姫の湯の前を経て上ノ湯に出、 真直ぐ
鹿角市史 第5巻 (0428)

普及同同同東京ディズニーランド開園NHKドラマ「おしん」鹿角関係事 項出 典四 ·四·大湯上の,湯にわかば保育園が完成した。
鹿角市史資料編 第3集 (0059)

此娘下の湯ニ到りーに己ニ絆切れ居りしと、 飢饉時とて湯ニはいれハ腹が減るとて多くはいらず、 為ニ上の,湯の浴槽などカナが浮き居りしと云ふ。
鹿角市史資料編 第3集 (0034)

当所ニても不老倉稼行者の逗留所上の湯ニありし時、 時人四角嶽への冒〓者とし懲罰を加ふべしと、 鐇やかぎ
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