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鹿角市史 第2巻 上
(0607)
箇数山師名改め番所(宝七・四・二※九、 二〇八・一〇〇六三八銭や六郎兵衛・石野
八兵衛
松山番託〓七・一二,・二三※二、 七九一・五〇〇二一〇六郎兵衛・
八兵衛
同同七・一二・二三三、 一五九・五〇〇二一七同同同八,・四・二三六、 一一六・九〇〇---同八・六・二三※四、 二九三・〇〇〇三〇六六郎兵衛・
八兵衛
松山番所同八,中林小兵衛円(※は十分一役銅を代金納し、 全吹出銅を他領出)石の産銅量の延宝九年約三万二、 四〇〇貫目は
白根
,に迫るものであり、 貞享元年の約一万九、 〇〇〇貫目は優〓
白根
のそれを凌駕している。
鹿角市史 第2巻 上
(0547)
白根
談叢』余録に、
白根
金山で活躍した人々の子孫として次の諸家を述べている。,同じく石田家、 祖先の石田又市は
白根
や十和田銀山等の稼行者。,浜田村の田口家一族の祖先は
白根
から移っている。,松山村の福本家先祖も
白根
に住み、 石野村神明宮本願主福本
八兵衛
の記録があり、 同社は寛文一三年丑三月金掘
八兵衛
,伝聞するに、 専右衛門翁は存命中度々
白根
墓参に訪れていた。
鹿角市史 第2巻 上
(0379)
その例として十二所市吹谷氏の祖は、 慶長期に
白根
・西道など鹿角の金山奉行であった北十左衛門信景の娘マツ,吹谷氏繁栄の源となった「吹屋」の技術は
白根
金山・西道金山などに濫觴をもつことは容易に想像できることである,また享和三年(一八〇三)毛馬内に新鍋座を開いた福本長兵衛の先祖は
白根
金山の金掘
八兵衛
であろう)吹谷氏の,とされ、 その吹屋技術も
白根
に遡るものであった。
鹿角市史 第5巻
(0082)
#183;一一·鹿鹿角角関係事項こおりかわさげ山を稼行三二二 箇を盛岡より川下し他領へ出す
白根
,ノ久左衛門、
白根
銅山の稼行を許された。,一二·一七
白根
ノ久左衛門が借用した米一〇〇駄の代金を同出典雑書同掘出し銅で返済することを許された,石野村伊勢宮、 金掘
八兵衛
建立す。,六·一九
白根
金山を広島吉兵衛普請するも金躰見えず銅筋ばかりなので、 銅吹立て借用金の返済許
鹿角市史 第2巻 上
(0606)
『雑書』に初めて書留められたのは、 前に述べた延宝六年四月一三日「鹿魚内
白根
、 蛇沢、 四角獄、,、 銅四千百弐拾壱貫目、 固数三百固大小数八百五拾三枚、 鶉村銅山師六郎兵衛、
八兵衛
吹出、,野辺地馬門御番所延宝期の山師は銭や六郎兵衛、 石野
八兵衛
で、 天和には狼倉銅山を稼いだ出渕助七に代
鹿角市史 第5巻
(0622)
·477 · 478 · 479 · 534 ·
八兵衛
,(
白根
)536 · 537 · 541 · 6432上345
八兵衛
(金掘,)2上513
八兵衛
(毛馬内町検断) 2下36
八兵衛
(花輪物屋)2下37
八兵衛
(花輪町質屋)2下123八幡太郎義家八郎太郎
鹿角市史 第5巻
(0616)
増田屋
八兵衛
2上306増渕 一蔵3上580又(亦)市(十和田銀山·
白根
) 2上439 ·
鹿角市史 第5巻
(0645)
409 ·412 · 669関村 新蔵関村清之助関村チツ子関村忠次郎関村忠太郎関村
八兵衛
関村,一宇) 2下430世良 修蔵芹沢 長介2下510 · 5191209専2下504専右衛門(
白根
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