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鹿角市史 第1巻
(0233)
馬馬上上上長下長瀬中大下高寺寺蟹関関湯湯冷冷土土土土中下柳柳田長長関上館下悪大坊館中野平B瀬田石B長根外レ〓長根外レ〓鹿角市
十和田山
根字長者久保,〓〃
十和田山
根字長者久保〓・〓・〓・〓〃
十和田山
根字田中6の1・〓の1〃
十和田山
根字柳平〓〃
十和田山
根字柳平,〓・〓〃
十和田山
根字下砂沢1の1の2〃
十和田山
根字中ノ平〓〃
十和田山
根字土手ノ上〓〃
十和田山
根字土手ノ,上〓・〓・〓〃
十和田山
根字土手ノ上〓の2〃
十和田山
根字土手ノ上4の2〓十和田毛馬内字冷水〓・〓〃十和田毛馬内字冷水
鹿角市史 第1巻
(0232)
遺跡十和田上向字四ツ谷〓の1十和田上向字下四ツ谷〓のっ十和田上向字下四ツ谷〓の1・〓の4十和田上向字神平4の1〃
十和田山
根字神平,1の1・字四ツ谷〓の1
十和田山
根字長者久保1奈良・平安奈良・平安
鹿角市史 第1巻
(0225)
茂茂八上下川大大長長長長沢沢和和和提提古下狐狐一関吹松升大中土土土冷和町〓沢尻〓沢尻〓長根外レ〓長根外レ〓レレレレモ谷谷根根根根鹿角市十和田毛馬内字冷水〓の4〃
十和田山
根字土手,ノ上〓〃
十和田山
根字土手ノ上〓・〓・〓〃
十和田山
根字土手ノ上〓のっ〃
十和田山
根字中ノ平〓の1〃十和田岡田字大道
鹿角市史 第1巻
(0231)
第二章原始の鹿角山田上ノ岱保田〓丸館表〓枯草坂〓上ノ野〓十和田大湯字下夕屋布〓の5
十和田山
根字土手ノ上,〓・〓・〓十和田毛馬内字冷水〓・〓
十和田山
根字坂ノ上3〃十和田毛馬内十和田大湯字関上〓の〓十和田毛馬内字寺
鹿角市史 第3巻 下
(0577)
第一章進む民主化注1
十和田山
根字館ケ沢の「八幡神社」は、 秋田県の名簿では「七滝神社」となっているが
鹿角市史 第4巻
(0092)
北側は
十和田山
地、 南は八幡平の山々が連なって盆地を囲んでいる。,四角岳がずらりと立ち並び、 南端には一、 六一四メートルの八幡平をはじめとする高山地帯が、 北端は
十和田山
地
鹿角市史 第1巻
(0138)
二、 各地の植物の特徴〓
十和田山
地帯の植物鹿角市の北部地帯は十和田湖の外輪山から続く広大な高原地帯で,こうした
十和田山
地帯はかつては一面に落葉広葉樹の原生林におおわれていたものと思われるが、 現在ではそうした
鹿角市史 第4巻
(0948)
また社寺参詣の代表としては伊勢参り、 金毘羅参りがあり、 四国巡礼や
十和田山
青龍大権現への参詣もあった
鹿角市史 第5巻
(0096)
四 · 二七
十和田山
鉛六五四箇黒沢尻番所改め他領へ出す五 · 一一三戸夏坂銅一七六箇松山番所改,同同 同八·二
十和田山
鉛五三二箇松山番所改め他領へ出す。
鹿角市史資料編 第22集
(0027)
一、 諏訪善次郎諏訪善次郎兼而又鬼奉行被仰付置候ニ付、 御領山并
十和田山
吟味仕候得共熊當り無之候ニ,依之御領〓并ニ
十和田山
段々吟味仕候得共、 熊當り一向門之相見得不申、 猶又来春登山出精仕候而御用ニ
鹿角市史 第4巻
(0949)
十和田山
西国三十三所(四国八十八所〓仏尊祭祀阿弥陀如来聖観世音菩薩古くから信仰をあつめた仏尊に阿弥陀如来
鹿角市史 第1巻
(0031)
一概観八二各地の植物の特徴…八五〓
十和田山
地帯の植物…八五〓北野におけるシラカンバの天然林〓大清水のオオヤマザクラ
鹿角市史 第4巻
(0662)
大湯五之岱の
十和田山
青龍大権現碑のある所はその祭りの行われる場所であった。,
十和田山
は藩制時代は女人禁制であったと伝えられている。
鹿角市史資料編 第13集
(0140)
ス、 毛馬内通御境附村々、 濁川村、 松山村両御番所、 白根山、 駒木山、 立石山、
十和田山
江御境御法令被仰渡書此度御沙汰,同砂子沢村一、 同松山村大欠村よろ前村一、 同瀬田石村大地村一、 同濁川村御番所一、 同
十和田山
十和田銀山一
鹿角市史 第5巻
(0578)
3十和田高原十和田町
十和田山
十和田山
地ナ長井田 (村)中折戸中川原〔八〕中川原〔花〕長木(沢)(川)(
鹿角市史資料編 第2集
(0117)
平斉子供和太郎丹野より此程罷帰り候処今日弥吉同道ニ而出府尤雄磨様御家中何某へ参候由、 六月廿五日
十和田山
江参詣,翌廿六日銚子之御瀧ニ参り明神様江参詣瀧ノ根ニ七ツ石迚重なりし角石有下タに湯有此瀧実ニ絶景言斗りなし夫より
十和田山
江参
鹿角市史 第4巻
(0861)
十和田山
人の事。
鹿角市史 第5巻
(0097)
九·二〇焼山更の湯硫黄七〇五箇黒沢尻番所改め他領出一〇·一九
十和田山
鉛二八〇箇松山番所改
鹿角市史 第5巻
(0124)
一一藩家老より毛馬内御蔵奉行宛御蔵米一五駄白根六 ·金掘一三〇人渴命に付利無し貸与えよの状来る
十和田山
鹿角市史 第5巻
(0232)
密灰等脇方による類似商売の厳重取締を願出る御次留帳大湯村灰山師半兵衛·喜六から、 来満山と
十和田山
鹿角市史資料編 第15集
(0060)
金壱両弐歩嘉永元年才覚金取立之内御官処預之分嘉永二年才覚金取立之内三両壱歩預之内壱歩岡田宗右衛門手代内借引残御官処預之分、 委細別帳有
十和田山
御礼金去
鹿角市史 第5巻
(0091)
一〇·一三
十和田山
の鉛八三〇箇黒沢尻番所改め他領出。
鹿角市史資料編 第26集
(0060)
下田市郎兵衛御代官懸合御用序ニ相改拾分壱ハ御伝馬を以直々御山元江附上之覚一、 銅拾箇但壱箇ニ付六貫匁入右は
十和田山
吹出鉛地領出山師長重郎願出就被仰付候改御通
鹿角市史 第4巻
(0854)
暑永二年(一八四九)三十二歳の時に松前から青森に入り、 八月十九日に
十和田山
に参詣した。
鹿角市史 第2巻 下
(0265)
また大湯川の奥深い来満山から
十和田山
へかけては、 山菜や薬草の宝庫であった。
鹿角市史 第3巻 下
(0475)
花紅葉いつはあれども
十和田山
青葉にかかる夏の白雲円和井内貞行『みづうみ』はこの大会の記録として刊行したもので
鹿角市史 第4巻
(0112)
この他、 十和田湖の十和田神社(元
十和田山
青龍大権現)もその信仰圏にあった。
鹿角市史 第3巻 下
(0439)
同校の工業担当の竹沢英次訓導は
十和田山
産の白樺材を利用してスキー製作を試み、 昭和三年県の展覧会で一等賞
鹿角市史 第4巻
(0780)
さらに地学的研究から、 現在の十和田湖を形作った
十和田山
の噴火や軽石流、 川にそって流れ下るシラス
鹿角市史 第2巻 上
(0608)
一、 毛馬内通
十和田山
ノ内津軽御境續銀山享保二年六月古鋪見立山師大欠村七之助、 同御境附小坂村兎尻山銀山
鹿角市史 第1巻
(0141)
いずれにしても、 従来秋田県内には存在しないとされていた天然性のシラカンバ林が、
十和田山
地の北野
鹿角市史 第3巻 上
(0240)
十和田山
は天然林で、 その木材は盛岡や八戸の需要に応じることが出来るが、 険路急坂がそれを妨げていること
鹿角市史 第4巻
(0778)
柴平地区東町(兀柴内村)に伝わる物語によると、 八郎太郎は
十和田山
へ修業に来る行者の案中人をつとめ、
鹿角市史資料編 第9集
(0191)
十二月十三日乍恐以口上書奉願上候事御領来満山并奥瀬御領
十和田山
於紺屋灰地他拂仕當世罷有候内、 毛馬内通小坂村柴内山高市山
鹿角市史 第2巻 下
(0264)
翌一二月には、 灰山師半兵衛と喜六から御礼銭二〇貫文減額の願書が提出されている(〓所収釆満山と奥瀬領
十和田山
鹿角市史 第2巻 下
(0267)
サルは明治期まで
十和田山
に数多く棲息し宮城一杉「十和田開拓者として・栗山新兵衛翁の偉績について」鹿角時報昭和八
鹿角市史 第2巻 上
(0272)
るおこの外留書には「土深井御番所」「松山村御番所」「石野村」「白根山・立石山・駒木山」「
十和田山
」「瀬田石村
鹿角市史資料編 第3集
(0104)
三百五石六斗三升九合右ハ且那様御蔵高右之通書上仕候以上卯十一月肝入孫太郎乍恐以口上書奉願上候事御領来満山并奥瀬御領於
十和田山
紺屋灰地他拂仕当世罷有候内
鹿角市史 第5巻
(0559)
ちたけばやししょうぜんたいなかのなかのたいま えだむらぞえ下モ谷地, 勝善岱, 竹林, 中野, 中野平, 前田, 村添,
十和田山
根字
鹿角市史資料編 第18集
(0099)
大湯灰方初願立候次第より、 花輪町幾松と申者、 花輪領ニ而蜜灰買入取押候と申訳ニ付内済致次第、 毛馬内町庄七
十和田山
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