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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史 第3巻 下 (0585)

なおこれより先の三一年三月二〇日、 旧七滝村山根地区が、 小坂町から分町し十和田町に編入されることとなった,これに基づいて県は翌三一年一月十和田町に編入することを適当とする分町勧告をなし、 十和田町では二月に,山根地区の十和田町所属は、 三月二〇日政府告示の官報登載をもって発効した三一年八月、 十和田町議会,九月二七日県議会本会議において「鹿角郡十和田町及び大湯町を廃しその区域をもって十和田町を置く」議案を可決
鹿角市史 第3巻 下 (0634)

・・一・一七付四年郡内五カ町村が健康を守る特別地区として、 厚生省から結核対策推進地区に指定された十和田町報,また同年十和田町では健康で明るい町づくりを目指して、 保健協力員八七名を委嘱している十和田町報、,三九・八・一付これらの活動の成果により、 十和田町では四一年結核検診、 患者管理など結核対策推進優良町,として、 財団法人結核予防会から表彰された十和田町報、 四一・五・一付)が、 四〇年度の検診率は
鹿角市史 第5巻 (0403)

二 · 二二十和田町外一町土地改良組合(中通) 解散式。,北鹿新聞同十和田町報四 ·一花輪町金融団による花輪手形交換所開設さる。,五·一九十和田町黒森山で県植樹祭行われる。,六·二九花輪·尾去沢·八幡平三町村は定例議会で、 十和田町は臨時議会を,十和田町報387
鹿角市史 第3巻 下 (0597)

四二年第一五回全国りんご研究大会が鹿角郡に開かれ、 その園地視察が十和田町内野地区、 同関上地区、,年代初頭へかけて、 おもな家畜飼育頭数には大きな変化がみられる孔用牛の飼育が、 四〇年代に入りとくに十和田町,その山腹畜産の四一年のモデル地区に、 十和田町高清水団地が指定された。,三七年の東北六県畜産共進会における種馬の部で十和田町大森栄太郎「福姫」がみごと金賞に輝やいたことは、
鹿角市史 第5巻 (0398)

和歴(西暦)一 般 的 事 項同 同調印日本初の超高層建築·霞が関ビル完成鹿角郡十和田町大清水,;六 ·七·鹿 角関係関係事 項出 典八幡平湯瀬地内雪崩防止スノーセット工事完了十和田町松山踏切,米代川稲村橋に歩道橋幅一·五米の取付終わる同同北鹿新聞七十和田町中通·草木地区にニンニク,八 ·一尾去沢水晶山で全県スポーツ少年団大会開催す八·一五花輪町·十和田町初
鹿角市史 第5巻 (0395)

一十和田町が一〇周年記念に町民憲章を制定した一県企業局が八幡平発電所事務所を開設し、 熊沢の発電所工事,十和田町、 大湯四ノ岱に町営住宅二〇戸完成す。,一二·二五十和田町公民館、 役場庁舎隣に新築落成す。
鹿角市史 第3巻 下 (0618)

いに花輪・尾去沢・八幡平三町村は定例議会で、 十和田町は臨時議会を開き、 鹿角市構想についての同一文,初め花輪町が同町六月田総合庁舎付近、 十和田町が冠田付近尾去沢・八幡平は調整案として、 花輪町狐平付近,論議の末、 花輪町は狐平付近案に妥協する姿勢を示したが、 十和田町は冠田こそ郡の中心位置であるとして
鹿角市史 第3巻 下 (0586)

のあわただしさからようやく平静にもどりつつあった三二年一月、 小坂町の十和田湖畔住民一三〇人の連署で、 十和田町,その翌日には十和田町長・町議会議長から円満解決の申し入れがあり、 かつ同趣旨の懇請書も送達されてきた
鹿角市史 第5巻 (0402)

カ所で行われたこの年いざなぎ景気終る同同マイカー保有率四世帯に一台鹿角角関関係事項八·一一十和田町毛馬内,九·二〇毛馬内自動電話局完成、 電話交換業務取扱廃止鹿角タイムス同同同出 典十和田町報北鹿新聞同一,〇·十和田町堀内に十和田養鶏組合の養鶏団地落成同一一 ·二四花輪谷地田町住宅店舗二棟土蔵三棟
鹿角市史 第3巻 下 (0587)

十和田町の懇請書のうらに、 十和田湖を傘下におさめて名実ともに十和田町にしたいというつよい希望のあることを,十和田湖畔をめぐる紛争は、 十和田町・小坂町とのはげしい綱引の末、 湖畔は小坂町区域にとどまることで
鹿角市史 第5巻 (0377)

·一億総白痴化など流行語となる三 ·二〇旧七滝村山根地区が小坂町から分町し、 十和田町,九·三〇旧十和田町と大湯町が合併し、 新たに十和田町が発足す。
鹿角市史 第5巻 (0376)

一二· 六十和田町議会は大湯町との合併決議し申入れる秋田県町村合併史この年 十和田湖畔鉛山大湯選鉱場,十和田町神田橋、 永久橋へ架け替え行われる。,漁業条約調印壳春防止法公布六月 新教育委員会法公布七月 国防会議構成法公布一 ·二一·二·十和田町末広土地改良区
鹿角市史 第5巻 (0401)

縦貫幹線を電化一一月沖縄国政参加選挙実施一二月公害メーデーが全国一一·一二鹿角郡衛生処理組合が十和田町向川原,同大湯スキー場で東北地区大学スキー大会開かる十和田町報鹿角タイムス北鹿新聞鹿角タイムス同一 ·,六·十和田町大湯地区が山村振興地区に指定された七·一〇花輪税務署廃庁式、 大館税務署花輪分室
鹿角市史 第3巻 下 (0609)

お帰りに際し、 十和田町役場へご休憩のためお立寄りになられた。,十和田町が、 観光開発の一環として大湯スキー場の整備を図ったことは、 鹿角共通の課題である冬季観光,さらに四五年四の岱に一二戸を加え、 十和田町となってから建てた公営住宅は合せて一九六戸をかぞえた。
鹿角市史 第3巻 下 (0653)

市内では四二年には十和田町室田の松ノ木三叉路と同町毛馬内の小坂線入〓に翌四三年、 花輪町高井田線・中央通交差点,四五年四月一日に県道盛岡・毛馬内線の内十和田町の松ノ木から県境を越えて岩手県滝沢村までが、 国道二八二号線
鹿角市史 第5巻 (0375)

一四毛馬内·大湯·錦木·七滝合併促進協議会の全体協議会を開き、 新設合併と十和田町,二·二五毛馬内·錦木両町村議会において合併決議をあげ、 新町名を十和田町に決定した,三·三一毛馬内町錦木村が合併、 十和田町が新設された。
鹿角市史 第3巻 下 (0591)

四三年の地域賞は十和田町五軒屋五石会、 花輪町東町部落会が、 四四年の地域賞は八幡平村川部稲作研究会第二班,、 十和田町神田農事研究会がそれぞれ受賞した。
鹿角市史 第3巻 下 (0645)

これにあわせ、 十和田町では交通指導車二台を配置し、 交通安全指導四四・五・一付に一層の成果をあげていた,十和田町では四二年、 十和田高校前、 松ノ木交差点に一時停止、 注意進行を示す赤黄点滅式信号機を
鹿角市史 第5巻 (0404)

ガンバラナクッチャ流行語となる同中国が国連に加盟六 ·六·七·鹿角角関係係事事項出 典十和田町折戸六戸,十和田町報同十和田開拓農協田代· 戸倉· 熊取地区酪農家より直接集乳場への牛乳流送
鹿角市史 第3巻 下 (0629)

翌三〇年九月、 第一回鹿角郡社会福祉協議大会は町村合併まもない十和田町で開催された。,「行政」、 「未亡人・児童・老人福祉」、 「身体障害者・遺族福祉」についてそれぞれ討議している〓十和田町報
鹿角市史 第5巻 (0384)

広報おさりざわ五 ·十和田振興農協と十和田町農協の合併決まる。,鹿角タイムス同大館市史秋田魁新報同·一二両陛下、 十和田町役場ご休憩ののち十和田湖へ。
鹿角市史 第5巻 (0387)

七·一十和田町末広保育所·集会所が落成する。,八·二一県農業構造改善パイロット事業に十和田町芦名沢地区が指定された。
鹿角市史 第5巻 (0399)

同同同国民総生産アメリカに次ぎ第二位となる昭和元禄流行語となる三十和田町公民館が文部大臣表彰に輝く。,この年八幡平村が社会体育モデル村文部省委嘱となる同水稲七五〇キロどり競作報償制の地域賞を十和田町五軒屋五石会
鹿角市史 第5巻 (0400)

老同人医療費無料化実施衆議院議員選挙この年冷凍食品時代同エコノミックアニマル流行語となる鹿角 関係事事項出 典七·一〇十和田町御山橋,北鹿新聞秋田魁新報北鹿新聞同この年 七五〇キロどり競作の地域賞は八幡平村川部稲作研究会第二班·十和田町神田農業研究会
鹿角市史 第3巻 下 (0592)

晨業構造改善事業は、 その一般地域として三六年に十和田町、 三七年に花輪町がそれぞれ農林省指定となった,するための拠点づくりとして、 県単独事業の農業近代化パイロット集落が設置されることとなり、 鹿角から十和田町芦名
鹿角市史 第3巻 下 (0642)

公害対策昭和四五年、 小坂川のカドミウム公害が指摘され、 十和田町御山橋付近の検出量の高いことから,しかし、 十和田町では、 住民の不安解消を図って簡易水道を甚兵エ川原に設置し、 四六年三月から給水
鹿角市史 第5巻 (0380)

·一花輪線に始めてディーゼルカー運行、 時間短縮す鹿角時報秋田魁年鑑三·一五十和田町大湯川改修工事竣工式行,四· 一十和田町役場、 新庁舎で事務開始す。
鹿角市史 第5巻 (0392)

大会が花輪スキー場で開催二·一五社会福祉法人花輪ふくし会東山学園竣工式行う三·二九十和田町三郷,四·十和田町腰廻頭首工·堀内頭首工完成す。
鹿角市史 第1巻 (0215)

豊島〓・奈良修介『秋田県の考古学』吉川弘文館一九七〇(昭四五)『東北縦貫自動車道遺跡分布調査報告書(十和田町,尾去沢町東在家遺跡」十和田高等学校社会科同好会『やまなみ』九七一(昭四六)奥山潤・大里勝蔵『黒森山麓縄文期竪穴群』十和田町教育委員会一九七二
鹿角市史 第3巻 下 (0584)

昭和三〇年県議会一月定例会の最終日三月二〇日に、 毛馬内町・錦木村を廃し十和田町を置く議案が可決された,大湯町が役場位置に固執したことには、 このような論拠があった二〇年一二月、 十和田町議会は満場一致
鹿角市史 第3巻 下 (0594)

一カ所りんご農業構造改善事業における四〇年度新規実施町村として、 十和田町末広鶏卵・米)、 同町神田,していた元県農試技術員阿部三郎、 発起人に柴平村兎沢忠男、 花輪町村山正、 大湯町柳沢恵一、 十和田町石川圭佑
鹿角市史 第1巻 (0292)

〓黒森山遺跡(十和田町教育委員会
鹿角市史 第3巻 下 (0632)

これより前、 三三年四月花輪町、 八幡平村、 十和田町三町村によるベッド数二〇床の急性伝染病隔離病舎
鹿角市史 第3巻 下 (0648)

十和田分署が受持つこととなった元花輪町発足当初、 消防本部・本署は花輪下中島)に、 分署は毛馬内上陣場元十和田町消防署
鹿角市史 第3巻 下 (0641)

例えば、 十和田町では四〇年衛生処理組合計画によるごみ処理場新設に備え、 町内のごみ処理用に收集車
鹿角市史 第3巻 下 (0688)

昭和四五年四月毛馬内、 大湯、 錦木の三中学校の統合が成り、 十和田町立十和田中学校として開校式
鹿角市史 第3巻 下 (0636)

高区、 以下を低区給水区域とし、 配水地区を二カ所に築浩東山住宅簡易水道は将来上水道に切替方、 十和田町
鹿角市史 第3巻 下 (0659)

三六年九月二〇日に秋北バス・国鉄バス相互輸送開通式が、 大館市・比内町・十和田町・大館商工会議所・国鉄信越自動車事務所
鹿角市史 第1巻 (0435)

「えぞ征伐」という呼称自体が中央史家によってなされた偏見と蔑視を含んだ造語であった旧十和田町猿賀野の猿賀神社
鹿角市史 第3巻 上 (0671)

一時京都に出て花鳥の森寛斎に習ったといわれるが一『十和田町の先輩』同編集委員会文化財指定口絵参照の年代
鹿角市史 第3巻 下 (0598)

また四四年から四六年までに十和田町の林道野鳥沢線一、 四二〇メートルを開設し、 四六年からは花輪町
鹿角市史 第4巻 (0870)

毛馬内郷土史資料明治時代の部上・中・下昭和三十六年町立十和田図書館○毛馬内郷土史資料旧藩時代の部昭和四十三年十和田町毛馬内郷賢顕彰会
鹿角市史 第5巻 (0393)

同同同 )鹿角タイムスこの年 農業構造改善事業実施町村に十和田町末広·同神田、 花輪町小枝指
鹿角市史 第3巻 下 (0588)

○十和田町農業生産ならびに商工業の振興を図り、 観光施設を整備拡充し、 もって総合自治体建設を目標
鹿角市史 第4巻 (0088)

〔十和田地区〕旧十和田町は毛馬内・錦木・大湯の三町村が昭和三十一年までに合併してつくられた。
鹿角市史 第5巻 (0383)

十和田町、 焼山下に公営住宅二〇戸建設す。
鹿角市史 第3巻 下 (0542)

公なおその後四八年三月に鹿角郡・市内花輪町、 十和田町、 八幡平村、 小坂町、 尾去沢地区)一円
鹿角市史 第3巻 下 (0635)

郡内では脳卒中による死亡率が一位であった十和田町が指定をうけ、 早期発見、 早期治療による脳卒中死亡半減五
鹿角市史 第3巻 下 (0647)

十和田町消防団に消防ポンプ一台、 部員一三名による常備部が設置されたのは、 四五年四月であった。
鹿角市史 第5巻 (0378)

小坂町十和田湖畔住民一三〇名より、 十和田町へ分町合併を望む旨の陳情書が提出された。
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