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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史 第1巻 (0489)

その下に結集したのである国代成田頼時鹿角郡奉行に任命されたのは、 成田小次郎左衛門尉頼時と南部又次郎師行,現付史料の上では、 南部師行は元弘四年早々から確認できるのに対して、 成田頼時が姿を現わすのは建武四年,、 建武五年五月十一日浅利清連注進状に至ってようやく「鹿角郡国代成田小次郎左衛門尉頼時、 同南部又次郎師行,・南北朝期の北奥関係文書のうち、 鹿角・比内・岩手などの関連史料がほとんど無く、 中心となるのは南部師行,もし成田氏ら鹿角諸氏相伝の中世文書が現存していれば、 紛れもなく成田頼時も南部師行と同時期に鹿角郡奉行
鹿角市史 第1巻 (0492)

南部師行が単なる「又次郎」で官途名をもたないのに対し、 成田頼時が「小次郎左衛門尉」であった点も注目,とくに南部師行は、 南部庶子家の庶子に生まれ、 延慶三年(三一〇)兄時長・弟政長と三人に配分された,政府の武者所に勤番することになり、 師行は北畠顕家に随って多賀国府に下向し、 すぐに北奥の奉行と南部師行
鹿角市史 第5巻 (0626)

) 1478 · 608政康1478 · 483 2上33 ·39南部又次郎,#183; 473 · 476· 480 · 482 · 617南部師行,(又次郎) 1414 · 425 ·439 · 440 · 441
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