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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史 第3巻 上 (0491)

かくて菊池幸七は単独で不老倉鉱山を古河市兵衛に譲渡するよう、 手続を進めた。,菊池より古河市兵衛へ、 不老倉字久七沢一万二、 〇〇〇坪、 台所沢六、 〇〇〇坪、 番鳥沢二,一七年の菊池幸七への譲渡、 二〇年の古河市兵衛への譲渡がすでに法的に発効している時点で、 どうしてこのような
鹿角市史 第3巻 上 (0492)

のうち豊田忠太、 同吉陸、 石川富次郎富弥の相続人)、 米田金兵衛四人は二四年一二月菊池幸七、 古河市兵衛,目下借区券名義は古河市兵衛となって、 申請人直接の継続願は提出し難い。,後期の概要〓老倉鉱山が古河市兵衛の有に帰した二〇年代の状況を、 まず大湯村「事務簿」等によってみ〓。
鹿角市史 第3巻 上 (0661)

すなわち、 その開創は明治四〇年七月一二日、 開基大壇那は古河市兵衛ならびに二代目古河潤吉、 開山,古河市兵衛は不老倉鉱山主、 曹洞周香和尚は青森県三戸郡上郷村関の龍嶽山洞円寺宗通)十五世住職であった
鹿角市史 第3巻 上 (0453)

同一〇年に入って足尾銅山は古河市兵衛により買収されたが、 同時に庄蔵も古河家へ移ってその山相方を担当,古河市兵衛の側近であった木村長七のちの古河鉱業監事長)は、 古河が当時弱小不振の足尾を万難を排して手中
鹿角市史 第3巻 下 (0367)

四、 不老倉鉱山鉱況の衰退明治期における不老倉鉱山は、 二〇年以降古河市兵衛の経営するところとなり
鹿角市史 第5巻 (0619)

菁莪)麓米南3上523 · 6373下32上422 · 4333上6243上624古河市兵衛
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