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鹿角市史資料編 第32集
(0096)
甚五郎殿二御頼相片付申候一四百文□丁太助一五百文同丁長助一四百文庄九郎此人数中津山栄左衛門様御願相片付申候一壱〆四百文
城ノ
,
下
清四郎手□ニ付相片付是ハ無躰也一壱〆文下町おみ下町甚平殿御頼相片付是も無躰一壱〆八百文おふ中町惣助殿御片付近内織右衛門様無躰一八百文五間町長兵衛御同人御片付被下候一壱,〆文後ノおほ御同人御片付被下候中町弟吉殿分一壱〆七百文
城ノ下
喜宝院甚五郎殿御片付一壱〆文五間町はつ是より,手前ニテ一壱〆文
城ノ下
とめ同断一二百文中町□様同断一弐〆文兵吉綿打佐四郎頼済一六〆文黒沢長次様中町惣助殿御頼済無躰一壱
鹿角市史資料編 第28集
(0014)
四百文仲町太助一、 五百文同町長助一、 四百文同町庄九郎此人数中津山栄左エ門様御願相片付申候一、 壱〆弐百文
城ノ
,
下
清四郎手前ニて相片付是ハ無躰也一、 壱〆文下町おみ下町甚平殿御頼相片付是も無躰一、 壱〆八百文おふ,八百文五間町長兵衛御同人御片付被下候一、 壱〆文沢ノおほ御同人御片付被下候中町半吉殿分一、 壱〆七百文
城ノ
,
下
喜宝院
鹿角市史 第2巻 上
(0322)
古川村二軒潰家(同右一〇・晦毛馬内上ノ角出火ニ而一八軒焼失(町井『日記書留覚』)三・()毛馬内五軒町
城ノ
,
下
四八軒焼失(『田中彦兵衛諸用書留帳』)
鹿角市史 第2巻 下
(0085)
いし湯瀬新八屋敷の井戸を普請して手前屋敷(市右衛門)へ水戸にて入れていた所、 新八屋敷内からの水戸は
城ノ
,
下
の通の橋を小し下り「待きっつ」一つ、 五軒町通り中に「待きっつ」一五、 その間々に「くだ」があってこの,新八屋敷前から
城ノ下
へ通る橋の前で、 両方から水戸一つに入る水が来た、 とみえる。
鹿角市史資料編 第28集
(0015)
甚五郎殿御片付一、 壱〆文五間町はつ是ハ手前ニて一、 壱〆文
城ノ下
とめ同断一、 三百文仲町蔀様同断一
鹿角市史資料編 第32集
(0056)
米元利急度御返済可申候、 為其手形如此御座候以上借用主安保庄右衛門○宝暦四年戌十二月廿五日石田庄之助殿石田庄之助殿
城ノ
,
下
喜楽院今朝ハ近頃難有奉存候、 手形御請取置被下度奉願上候廣坊庄之助様一二二代物借用手形事一代物壱〆
鹿角市史 第5巻
(0213)
三 ·二〇毛馬内五軒町伊右衛門長屋より出火
城の下
まで同雑書四·六·延焼六二軒外
鹿角市史 第4巻
(0739)
戦後に下小路の大神楽は、 笛吹きの死亡により中止となっているご神幸は里宮から下町-横丁-萱町-南-
城ノ
,
下
-五軒町-本町-古町-下小路-後家口-川原の順序である。
鹿角市史 第2巻 下
(0084)
毛馬内の井戸は、 東側シラス台地の山ぎわ即ち下小路や
城ノ下
の裏手に湧泉列があって、 それぞれ井戸屋敷
鹿角市史資料編 第32集
(0034)
相渡可申候、 為念ノ御役人様中御末書申請手形仕候上ハ少も相違無御座候以上寛保元年酉ノ七月五日かり主
城ノ
,
下
惣兵衛(御中間辰蔵〇石田源右衛門殿(裏書)表書ノ通相違為致間敷候以上酉ノ七月五日刈屋清左衛門中津山吉左衛門岩舟儀兵衛上関安左衛門五五借用仕手形
鹿角市史 第2巻 下
(0060)
三軒内上町三一二五中町三四二三下町四六三四五軒町五七二五加屋町三三二〇下小路七九四九安永九年改享和三年改川原町三八二九
城ノ
,
下
-一七後小路-五後家口-一一古町-一五館-一八同心丁-二右のうち安永九年分には、 給人や桜庭家中などいわゆる
鹿角市史 第4巻
(0435)
「秋田県毛馬内
城ノ下
の成田石材店(成田季吉)の例は次の通りである(○明治三十六年に創業し、 当主は二代
鹿角市史資料編 第32集
(0027)
利足無尽分合ヲ以、 当未ノ暮より亥ノ暮迄五ケ年五度二元利急度返済可申候、 右書入ニハ拙者知行ノ内
城ノ
,
下
田地五人役西町下壱人役都合六人役相渡可申候、 若滞申候ハゝ何時成共も右ノ内元利相応ニ御引取可被申候
鹿角市史資料編 第16集
(0094)
午四月十五日検断所下小路中古町中
城の下
其村々ニ而蚕種紙製作外国江賣渡可申出分、 凡員数并右種紙商買之鑑札願度者名前共取調
鹿角市史資料編 第32集
(0043)
八手形ノ事本銭弐貫文利足三分相定借用仕候所実正ニ御座候、 御返済ノ儀ハ和井内次郎右衛門様御知行田
城ノ
,
下
タ弐人役私作リ罷有候間、 右稲半作私取候分来巳秋御屋敷へ積置出米ヲ以時ノ相場次第二差上勘定可仕候、
鹿角市史 第3巻 上
(0477)
字館石・小真木合わせて二、 一〇〇坪にかかわるもので、 その文面によると、 右の借区は毛馬内村字
城ノ
,
下
二〇〇番地高橋熊太郎ら両人名義のものであるが、 本人は本年七月中身代限りの処分を受け行方不明なので
鹿角市史資料編 第16集
(0009)
右之通三月覚一、 毛馬内
城ノ下
タ丁太田新太郎旧宅右は非常御立除御本陳御役屋より西之方三丁程。
鹿角市史 第3巻 下
(0167)
庁舎は昭和一二年九月古下から
城ノ下
四番宅地に移転している『管内のいろいろ』秋田・地方法務局毛馬内出張所
鹿角市史 第3巻 上
(0242)
毛馬内上野を通る旧来の道路の改修だけに止めようとする主張と、 新たに毛馬内萱町から中町・上町を経て
城の
,
下
から南・中野を過ぎて大湯に通じる新道を設けようとする論の対立である。
鹿角市史 第2巻 下
(0056)
羽場小路又は小給人町、 鉄小路、 二かいほり、 合館小路、 上小路、 次いで御町、 金の手、
城の
,
下
、
鹿角市史 第2巻 下
(0535)
しかるに此地は黄金の山続にして鹿角の盤栄とは世のしれる所也、 爰に予ハ泊の膝を容れさセんとて古
城の
,
下
に一庵の侘をしつらひて、 仮にこの名を市中庵と号し、 或は十論或はことばに祖の遺教在を説改れハおのつと
鹿角市史 第2巻 下
(0057)
家中屋敷地区が定まり、 その下タの低地に商・職人町として御町(現在の本町)、 金の手(五軒町か)、
城の
,
下
、 山伏小路(下小路)が次々とつくられた。
鹿角市史 第5巻
(0559)
も ど が くぼしもよりくましるけがわしろしたじんべえかわら下土ヶ久保, 下寄熊, 汁毛川,
城ノ
,
下
, 甚兵工川原, そうどうしそでさわだいぼうだてたか だてらうえど てとりこし曹洞下夕, 袖ノ
鹿角市史資料編 第28集
(0034)
五間町より
城ノ下
迄焼失、 家数四十八軒錠数六拾弐軒也、 夜ノ九ツ時ノ出火なり、 此節御手当御上より
鹿角市史 第5巻
(0585)
境沢白根境沢白山〔大〕尻喰坂尻平野(しっぺいの)3下55845672下3012下3794644汁毛川
城ノ
,
下
城山志和郡〔岩手県〕2上4·28·148·227· 290志張
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