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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史資料編 第34集 (0053)

居候事証拠人勘十郎申口拙者事元来秋田沢尻村ニ罷有候、 親ハ兵庫助と申候、 寛永十年六月九日御巡見分部左京様比内へ御越被遊候、 其時塩谷民部殿沢尻,より比内大館へ御帰、 津軽より田名部三戸鹿角へ御越八月十八日ニ花輪へ御出入被遊候、 同廿二日ノ夜塩谷民部殿沢尻,御座候、 慶宏三年六月ノ洪水ニはっかい沢小川大欠川原へ水押破り申候、 就之御論地ハ水次第ニ可仕と塩谷民部殿
鹿角市史 第2巻 上 (0553)

せず、 再三文書で応酬の後同九月一四日窪田より検使根本庄右衛門、 瀬谷孫右衛門が下り、 十二所塩谷民部,また明暦二年(一六五六)七月一一日の条には、 塩谷民部より「西道御金山ニ新畑四枚披キ候、 沼山御論地
鹿角市史 第5巻 (0065)

石井伊賀守直弥卒去同幕府農民の鉄炮免許制とする六· 二花輪境ばっかい沢小川の出入に付、 十二所塩谷民部
鹿角市史 第2巻 上 (0051)

藩の家老席日録である『雑書』の正保三年(一六四六四月晦日条に「鹿角花輪之比内境論地之義に付て、 塩谷民部
鹿角市史 第5巻 (0074)

出 典雑書七·一一西道金山新畑四枚は沼山論地につき中止するよう十二所塩谷民部より抗議の状あり
鹿角市史 第5巻 (0076)

錦木村郷土誌雑書九·二五十二所塩谷民部方より西道論地の内に新たに間歩小屋をかけ金を掘ったとの
鹿角市史 第5巻 (0063)

四·二三十二所から西道口へ欠落してきた三人を返すよう塩谷民部から申入れがあった。
鹿角市史 第2巻 上 (0532)

慶安三年二月廿九日○同年三月九日一、 白根御金山より欠落ノきりしたん長左衛門、 十二所より足軽三人付け、 塩谷民部返
鹿角市史 第2巻 上 (0241)

九月一四日、 秋田の検使二名と十二所塩谷民部、 同弟権七、 円所寄騎五騎、 上下一〇〇人程が西道金山西平通
鹿角市史 第2巻 下 (0226)

○同年同月十二所から西道口へ欠落してきた善四郎、 今蔵、 下女いとを返すよう塩谷民部から申入れがあった
鹿角市史 第2巻 上 (0534)

二九日になって、 長左衛門を十二所代官塩谷民部方から送り返され松山で受取ったとの、 花輪城代波岡勘解由左衛門
鹿角市史資料編 第31集 (0035)

馬見当リ、 おさい置候ニ付わひいたし候テ馬かへし候由葛原ノ作左衛門九郎右衛門と申者ノ手形有一同年十弐所塩谷民部殿
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