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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史 第3巻 下 (0196)

引続いて十二所町大瀧までの第二期工事四マイル一分が大正四年正月までに完成し、 営業運転が行われた。,鉄道の開通により、 大瀧温泉が発展を遂げたことはいうまでもない。,大瀧温泉が貨物の集散地になって、 秋田鉄道の収入が二倍以上になった。
鹿角市史資料編 第14集 (0083)

一、 大瀧内西の又御山御山守善兵衛印西は平限東は峯限北は澤限南は川限杉五拾本助七印内一、 拾弐本目通五尺廻,一、 湯能又御山御山守善兵衛印助七印西は大瀧嶺限東は平限北は澤限南は川限杉七拾三本内一、 弐拾本目通三尺廻
鹿角市史 第1巻 (0066)

また、 大葛層が形成された西黒沢階末期から、 つぎの大滝層が形成される女川階の初期にかけて、 この,が、 遠部層であると考えられている瀬の沢期以後、 海域となった鹿角は、 瀬の沢、 大葛、 大滝
鹿角市史 第2巻 下 (0600)

同処出兵人数共残らず別所口へ押し、 同村放火惣勢九ツ時十二所へ着陣の所、 未だ定らざる内に御国勢大滝,また主力の楢山隊は本道を、 向井隊は道を山の手に取り進軍したが、 この数日間に増強された秋田勢に大滝
鹿角市史 第1巻 (0078)

であるため地層との関連がふかく、 の地域の中新統(中新世の地層)では、 西黒沢階(大葛層)が女川階(大滝層
鹿角市史資料編 第23集 (0110)

一、 右大瀧内東ノ又御山境之義ハ西ハ西ノ又嶺限東ハ湯ノ又嶺限北ハはふ限南ハ川限、 湯ノ又御山境之義,ハ西大瀧之内嶺限東ハ平限北ハ沢限南ハ川限、 廣森御山境之義ハ西ハ廣森限東ハ川限北ハ沢限南ハ嶺限、
鹿角市史 第4巻 (0458)

大正四年十二月に大滝温泉・末広間、 九年七月に末広・毛馬内間、 十二年十一月に毛馬内・花輪間に敷設
鹿角市史資料編 第30集 (0102)

蔵人手引続き進撃美作守殿松山村迄為御見廻御出也、 追々進撃ノ処敵焼残りノ人家を自焼いたし逃去、 尚追々大滝村向迄相進,ミ候処、 蔵人手為後詰大滝村迄相進ミ候処、 敵兵扇田村手前山より嶺へ登り要地を取り押来、 一手ハ
鹿角市史資料編 第31集 (0050)

壱応御山立候故御延慮ハ尤二候、 随分賞平へ御頼被成候様ニと挨拶仕帰リ申候一御山見惣介病気有之ニ付大瀧,ハハ可参候由被申候旨、 尤右ノ訳願被申候付同日覚平へ為相談参候所ニ、 覚平甲候ハ惣介痛所有是ニ付大瀧
鹿角市史資料編 第2集 (0072)

銭百拾三文當時壱人四文遣候故五百三拾六文ニ相成候右之分被下置候一、 佐竹様御病気ニ付七日ニ久保田御発駕十日は大滝,御着之由噺合一、 先頃十二処ニ文蔵相談ニ而別処より板木五十挺御買上げ願候而願之通被仰付候得とも此節佐竹様大滝御入場之折柄
鹿角市史 第2巻 上 (0675)

橋上沢、 橋上沢御山一、 大作沢御山一、 地館御ヽ馳館御山、 鳥谷沢御山一、 冨森御=、 大瀧沢御山一
鹿角市史 第3巻 上 (0273)

青森県古くは安政二年(一八五五)に、 十和田村(上北郡・角久平等が銚子大滝の下流でイワナを獲り、
鹿角市史 第5巻 (0373)

一二月奄美大島日本へ復帰同大滝の秋田労災病院、 じん肺診療のため開院この年街頭テレビ人気集める同山田敬蔵
鹿角市史資料編 第1集 (0012)

十八日今暁八ツ時秋田へ陣押大滝下モ鶏鳴打合いにて夜に入土深井ならびに沢尻に陣取十九日廿日扇田迄押し同処焼払廿一日扇田在新井田并田子鶴田
鹿角市史 第5巻 (0313)

大館町立実科高等女学校設立開校自動車取締規則を公布本県奥地六カ所(十和田湖· 大湯 · 田沢湖 ·大滝等
鹿角市史 第2巻 上 (0327)

とうくりの花くりの花鹿角郡毛馬内御代官長尾儀左衛門新渡部文助書上一、 わせあわさゝあお一、 中出あわ大滝
鹿角市史 第1巻 (0063)

古いものから順に、 安久谷川層(門前階)、 瀬の沢層(西黒沢階)、 大葛層(西黒沢階)、 大滝層
鹿角市史 第3巻 下 (0131)

その顕著な例に八年五月の京大滝川事件がある。
鹿角市史 第3巻 下 (0616)

四六年合併構想四五年一月、 五カ町村の町村長・議長らが県地方課長を仲介とし大滝温泉市大館)において具体的
鹿角市史 第5巻 (0340)

六 ·六大湯·十和田間大滝内付近の道路改良工事、 大湯町の請負にて着手す。
鹿角市史 第1巻 (0074)

女川階の海では、 大滝層がつくられた。
鹿角市史資料編 第29集 (0107)

大葛口出張御代官衆行向迄罷越申度申出、 御門内相通候、 今朝秋田領江諸方より御打入ニて新沢口放火之様子相見得、 大瀧辺
鹿角市史 第2巻 下 (0268)

享和三年(一八〇三)二月秋田領大瀧温泉に逗留していた時には、 その見聞を次のように記している一すすきの
鹿角市史資料編 第1集 (0085)

より所々へ篝火を焚かせ候よう達し一、 川守田織右エ門花輪へ帰る九月五日一、 益人様五つ時頃御進軍大滝
鹿角市史 第2巻 上 (0269)

右御山ノ内大とち沢小とち沢花嶺沢槇山沢栗根沢大堀内小堀内岩屋沢続杉沢大瀧迄川前通残無く、 杉松赤桧桂樫
鹿角市史資料編 第1集 (0079)

十八日夜明方下新田へ着支度調同処出兵人数共残らず別所口へ押し同村放火惣勢九時十二所へ着陣の所未だ定まぎる内に御国勢大滝先
鹿角市史資料編 第1集 (0084)

十二所小荷駄並に陣々大に騒ぎ立ち御家にても夫々小荷駄土深井え賦る一、 川守田民人岩花武平治関七九郎大滝
鹿角市史資料編 第29集 (0110)

小使豊治大葛忠蔵方迄書状為持遣候処、 不残扇田口へ出張之由二て豊治罷帰る、 御銅山勢大葛口より御打入、 扇田大瀧江打出夕方不残御帰陳
鹿角市史資料編 第12集 (0034)

一、 畑条左衛門殿中軽米紋蔵別所口迄物見ニ出候処、 御家勢十二所台迄出張候得共、 御上勢大滝迄ニ
鹿角市史 第4巻 (0850)

一十一日扇平・岩野目・土沢・小倉・二の渡・やけ山・三段・高崖・大楽前・よな渕を渡り、 萱野はっか・白沢・大滝内
鹿角市史資料編 第23集 (0109)

毛馬内町願主甚六請合ハ下町鍛治仁助名面借れ候而差出候願書留をぎ也乍恐奉願上事毛馬内通御代官所箒畑村小國杉御山之内大滝内湯之又廣森杉沢於右四
鹿角市史資料編 第30集 (0109)

井上範之助隊新田小屋迄出張申達候事、 村井定之助隊毛馬内大砲隊桜庭手へ相廻し葛原出張ノ事、 南部吉兵衛大滝村
鹿角市史資料編 第12集 (0042)

扇田大滝之間打合之よし、 敵小人数なれ共所々ニ隠レ居、 炮発ニハ味方もあぐミ候よし也。
鹿角市史資料編 第12集 (0043)

、 川村俊平宮金太郎夜五ツ時十二所江罷帰、 朝五ツ時より平内大滝之間ニ而大小〓大打合段々様子見候処
鹿角市史資料編 第1集 (0077)

る同十二日一、 今曉七つ時半頃炮声扇田の方より相聞候に付朝六つ時頃丁藤友蔵川村善太郎物見に被遣候所大滝先
鹿角市史資料編 第30集 (0100)

厳敷討立敵大敗走、 其促追討十二所放火致し候処敵ニテ相図ノ為カ寺の鐘頻ニ打、 尚味方ニテ押寄候処大瀧村自焼
鹿角市史資料編 第2集 (0055)

二月廿六日前同断之内二人欠落有之外ニ八人は迚も働兼候ニ付御暇願出ニ而色々取扱候得共迚も口丈ケ之働も相及兼候ニ付倉蔵大滝之世話方駒吉方
鹿角市史資料編 第2集 (0061)

閏五月四日秋田御雇被成候定番共日雇取ニ被成下度願出候而願書を以願上候処願之通被仰付御台処ニ而日々御賄被下日雇釦ニ而相働居候右願大滝之駒吉罷出願出候人数都合廿四人程
鹿角市史 第5巻 (0558)

太田表, 太田川原, おおたきないざわおおはしむかいおおゆおおゆこくゆうりんおおらくまえおぐに大滝内沢
鹿角市史 第5巻 (0563)

おおちたいおおたおおたきがしらお お ち だおおばたけおおばやしおおまがり大地平, 太田, 大滝頭
鹿角市史資料編 第1集 (0106)

楢山佐渡殿新沢口より桜庭之兵士御番頭手分之儀は不分明相向ひ諸方口々より進入土深井口ニ而は其日之内ニ十二処落城大瀧迄御手
鹿角市史資料編 第29集 (0006)

大館城攻略の翌八月二三日、 銅山勢は大葛口より扇田大滝に出て、 銅山へ帰陣。
鹿角市史資料編 第1集 (0028)

米白川なれハ何事をするにも便ならすとて頓て引退て此夜ハ柳平へ野陣したり此日楢山氏は十二所口より討入られ大滝
鹿角市史 第5巻 (0598)

大沢口〔山本郡〕大柴峠大清水〔大〕大清水〔大里〕大生手(和尚田)〔小坂町〕太田 〔八〕大平 (開拓)大滝
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