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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史 第5巻 (0389)

新しいまちづくり旧尾去沢町役場人美汉物设場旧花輪図書館冬の保育園373
鹿角市史 第3巻 下 (0616)

同月、 尾去沢町では町議会全員協議会を開催し、 広域行政特別委員会の設置を満場一致で決め鹿角市実現,これによって八幡平村・花輪町・尾去沢町の足並みは揃った。,児玉尾去沢町長も質問に答ミ「町の発展のため、 合併は考えるべきである」との態度を明らかにした。
鹿角市史 第3巻 下 (0651)

三四年に花輪町から尾去沢町を経由して大館市十二所に通じる道路が、 県道十二所・花輪線として再度認定された,翌年、 尾去沢町から花輪町の間の舗装工事が完成した。
鹿角市史 第3巻 下 (0525)

花輪町大里周蔵柴平村金沢憲司七瀧村谷田部亮一尾去沢町高杉重右衛門毛馬内町伊藤良三小坂町木村定治曙村斎藤吉之助銅木村佐々木鉄蔵宮川村成田元吉大湯町諏訪富多小坂,社会党また初の町村会議員の定員は、 花輪町二六名、 毛馬内町・大湯町・尾去沢町・宮川村・柴平村ともに
鹿角市史 第5巻 (0384)

秋田魁年鑑尾去沢町、 町営浴場落成す。 同尾去沢町、 米代地区の簡易水道完成する。
鹿角市史 第3巻 下 (0579)

29年5月現在議の結果を同年五月町村合併計画案として答申したが、 そのうち鹿角部分は「花輪町、 尾去沢町,花輪町と隣接している尾去沢町と合併することは、 一番手っとり早い話題になるのだが、 尾去沢では合併
鹿角市史 第3巻 下 (0129)

秋田魁新報同七年五月一〇日付注〓同同七年一〇月二一日付注〓同同一〇年三月九日付注〓鹿角時報同一三年四月二一日付注〓尾去沢町報
鹿角市史 第5巻 (0016)

#183;·苗運びコビルをとどけるダイコン干し市日風景雪おろしコモセの内部(新しいまちづくり)旧尾去沢町役場旧花輪図書館冬
鹿角市史 第3巻 下 (0125)

同年一一月三日の佳日をえらんで、 尾去沢町制実施并びに役場新築落成祝賀式が鉱山協和館において盛大に挙行,役場、 学校が三位一体となって平和な自治体を建設して参りました」と述べ、 吹原弥生三鉱山長は「尾去沢町民
鹿角市史 第1巻 (0215)

吉川弘文館一九七〇(昭四五)『東北縦貫自動車道遺跡分布調査報告書(十和田町・小坂町地区)』秋田県教育委員会「尾去沢町東在家遺跡,黒森山麓縄文期竪穴群』十和田町教育委員会一九七二(昭四七)『東北縦貫自動車道遺跡分布調査報告(花輪町・尾去沢町
鹿角市史 第3巻 下 (0500)

寺院の新築・改築をみると、 昭和六年に柴平村の円福寺新築、 一三年に大湯町の神明社新築、 同年尾去沢町
鹿角市史 第3巻 下 (0162)

た(尾去沢町の場合、 国民健康保険組合は一九年一一月設立認可され、 健康保険業務を開始した。
鹿角市史 第3巻 下 (0641)

また、 尾去沢町では各部落に設置した焼却炉でごみ処理を行っていた(広報おさりざわ、 )。
鹿角市史 第3巻 下 (0600)

この尾去沢製錬所廃止問題は、 地域にも大きな波紋をひろげ、 一一月尾去沢町議会は廃止対策特別委員会
鹿角市史 第3巻 下 (0578)

当時県は二二八町村を一三六町村に減らす合併計画を立て、 鹿角郡内は「花輪町、 尾去沢町」、 「毛馬内町
鹿角市史 第3巻 下 (0634)

推移一二月三一日現在・隔年調査(度、 秋田県大館保健所度、 秋田県大館保健所疾病予防三一年以来、 尾去沢町
鹿角市史 第3巻 下 (0171)

自動車ポンプを四、 〇〇〇円で購入(鹿角時報、 一・六・一昭一一付、 鹿角時報、 付)、 尾去沢町
鹿角市史 第3巻 下 (0588)

○尾去沢町三菱尾去沢鉱業所が所在し、 町の運営は鉱業の繁栄に左右される鉱山町として、 本県では数少
鹿角市史 第3巻 下 (0265)

花輪町黒沢善助長沢レン浅利佐助田中佐太郎三ケ田豊治中村三太郎浅利寛尾去沢町杉江丑太郎高杉真輔大沢熊吉吉田由太郎川上徳次郎呂川村阿部藤助畠山忠治成田善太郎畠山久太郎小田島倉松畠山政之助阿部美代治小田島山之助村村村町町藤井由松斉藤勝治中野石松阿部佐之
鹿角市史 第3巻 下 (0526)

これによって、 郡内に設置された自治体警察は、 花輪町、 尾去沢町、 毛馬内町、 大湯町、
鹿角市史 第3巻 下 (0689)

また、 尾去沢小学校は、 尾去沢町として四五年六月に、 上山地内へ新校舎の移転を計画してその建設工事
鹿角市史 第3巻 下 (0497)

境内地などを尾去沢町や三菱尾去沢鉱業所から譲渡を受けて、 翌年一二月に曹洞宗大盛山円通寺として認可を
鹿角市史 第5巻 (0351)

意見書提出同県、 郷土振興と経済更生のため市町村長学校長へ地域の教化常会の開催を勧奨す一一 ·三尾去沢町制実施并
鹿角市史 第5巻 (0356)

尾去沢町軽井沢に武道場、 大弓場、 瓜畑にプール、 庭球場、 陸上競技場、 笹小屋に野球場完成
鹿角市史 第5巻 (0358)

一二·一五尾去沢町大盛寺を大盛山円通寺と改称す。
鹿角市史 第5巻 (0381)

尾去沢町経由の県道十二所·花輪線認定される。
鹿角市史 第5巻 (0372)

尾去沢町尾去土地改良区設立される。 秋田県土地改良史356
鹿角市史 第5巻 (0399)

秋田魁新報二·一八尾去沢町議会全員協議会で広域行政特別委員会設置を申し合わせる。
鹿角市史 第3巻 下 (0260)

花輪町賀川芳五郎柳沢兼吉中西多利尾去沢町川上已之川村喜七佐藤勘太郎高杉善助渡部仁太郎松岡熊吉斉藤三郎川上重之助宮川村畠山勘助成田福治小田島五郎畠山政之助成田喜助小田島兵治館花与七高畑喜助畠山三太郎
鹿角市史 第3巻 下 (0570)

鹿角では、 財政的に恵まれていた尾去沢町・小坂町はいち早く本格的な公民館の建設に踏みきった。
鹿角市史 第3巻 下 (0581)

一県審議会の基本線である五カ町村(「花輪町、 尾去沢町、 柴平村、 宮川村、 曙村」以下同じ)
鹿角市史 第5巻 (0360)

庶務事務簿一一 ·一二 ·尾去沢町、 国民健康保険組合の業務を開始す。
鹿角市史 第5巻 (0391)

一一 ·一七尾去沢町大森親山獅子大権現舞·八幡平村大日堂舞楽が県指定の無形民俗文化財
鹿角市史 第4巻 (0218)

、 衛生救護などのため多くの団体が活動に従事した動員救助団体・秋田県庁・秋田県警察部・尾去沢鉱山・尾去沢町
鹿角市史 第5巻 (0394)

九·一尾去沢町城山鹿角職業訓練所の落成式行われた九·六柴内小学校給食室より出火し、
鹿角市史 第3巻 下 (0563)

秋田県では、 南秋田郡のある校長会は勤評義務不存在の提訴や白紙提出を行い、 本郡では尾去沢町教育委員会
鹿角市史 第3巻 下 (0496)

この大盛寺の建立に当たって、 信徒などや尾去沢鉱山関係の寄付によるところが大きかったが、 尾去沢町
鹿角市史 第3巻 下 (0614)

共通意識として醸成され、 例えば四〇年一一月花輪公会堂で開かれた郡婦人会総会の来賓祝辞のなかで、 尾去沢町長児玉政吉
鹿角市史 第3巻 下 (0580)

尾去沢町は、 人口八、 〇〇〇人以上の要件を備え、 地方交付税がない程財政が豊かで町民税も最低率
鹿角市史 第5巻 (0596)

小(大)国(川)〔大〕御組丁長内村〔八〕尾去(猿雄 · 尾佐利)〔尾〕尾去沢鉱山→事項参照尾去沢町尾去沢村小猿辺
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