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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史 第1巻 (0143)

其他は山中沢の出口の処のものは、 目通り径二尺九寸、 高さ六十二尺と営林署員の人が測ったものがあった
鹿角市史資料編 第9集 (0011)

二月十三日(一〇〇頁)に山中沢与左衛門が御屋敷御普請に四拾弐両献金の事がある。,山中沢青山与左衛門は三戸と鹿角の荷継処の主人である。
鹿角市史 第4巻 (0859)

夏坂から山中沢・折戸を経て大湯・毛馬内・錦木塚・神田・松山・土深井・十文字・尾去沢銅山・花輪・大里・大日堂
鹿角市史 第5巻 (0242)

#183;一一 ·一二 ·大湯南部土佐居宅修復の入料として来満山の内昼森沢熊取沢山中沢
鹿角市史 第4巻 (0488)

昭和十一年の尾去沢鉱山中沢ダム決壊のとき、 尾去沢では太鼓を叩いて住民に変事を知らせたという。
鹿角市史 第2巻 下 (0190)

明治元辰年御買米之内御軍事之節毛馬内御蔵元江先納之分御買米代取調覚明治一、 覚(外ノ沢石倉堤自分物入ニて披立目論見)明治元一、 人馬割帳(花輪より大湯山中沢
鹿角市史 第5巻 (0225)

花輪同心多数引連れ毛馬内物持の土蔵改め過穀は残らず銅山借上という同同一二·四大湯村磯松が山中沢
鹿角市史 第5巻 (0351)

同同一一 ·二〇早朝、 尾去沢鉱山中沢鉱滓堆積場堰堤が突如決潰し、 谷合いの家屋密集地が
鹿角市史資料編 第21集 (0088)

、 百廿挺同小材〆百六拾七挺右ハ監物方知行所毛馬内通大湯村来満山之内、 昼森沢、 熊取沢、 山中沢
鹿角市史 第3巻 下 (0496)

新寺が完成して約一カ月後の一一月二〇日に尾去沢鉱山中沢ダムの決壊による大惨事で死者三六二名、 さら〓
鹿角市史 第5巻 (0177)

の借酒造を願出て許される同一〇· 五大湯知行北林之助、 困窮の百姓共手宛のため来満山の内山中沢
鹿角市史資料編 第22集 (0047)

七寸迄一、 百八拾五挺同小材〆三百七拾六挺右ハ監物方知行所毛馬内大湯村来満山之内昼森沢、 熊取沢、 山中沢
鹿角市史資料編 第19集 (0122)

三尺五寸大面壱尺より七寸迄小面四寸より弐寸迄八挺〆右ハ南部土佐知行所来満山之内、 昼森沢、 熊取沢、 山中沢
鹿角市史資料編 第19集 (0123)

弐百四拾六挺一、 壱本同長九尺花輪御境〓右ハ土佐方知行所毛馬内通大湯村来満山之内昼森沢、 熊取沢、 山中沢
鹿角市史 第2巻 上 (0355)

五〇〇本を五カ年中剪取り柾に挽かせ払うことを願い、 同じく寛政四年(一七九二)一〇月にも来満山の内山中沢
鹿角市史 第2巻 上 (0354)

されている(『雑書』))文化一三年三月北監物が居宅修復普請料とするため、 大湯村来満山の内昼森沢・熊取沢・山中沢三
鹿角市史 第2巻 下 (0341)

そこから山中沢川を渡って軽井沢とよばれる中ノ坂、 上ノ坂、 中ノうとの山坂を越え、 武道原を縦断
鹿角市史 第5巻 (0562)

やこだこうりまえひらこうざんなかざわこばやしさいどうぐちくつな北森, 九綱, 小田郡前平, 鉱山中沢
鹿角市史 第5巻 (0566)

柳田山崎〔小坂町〕山田〔八〕山館村〔大館市〕山田村〔田代町〕大和橋山中沢(駅)山根ユ雪沢村〔大館市〕湯瀬
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