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鹿角市史 第2巻 上
(0632)
七六五貫八七〇匁)〓三番改め(七月一〇日)銅一一、 五九二貫四〇〇匁(十分一銅一、 一五九貫二四〇匁)〓
崎山
分銅一,四八二貫七四三匁六分〓盛岡出銅二一、 一九二貫○〇〇匁内一九、 七〇四貫〇〇〇匁獅子沢分一、 四八八貫○〇〇匁
崎山
分他領出銅銅七八,匁盛岡出内一二、 八〇八貫四〇〇匁申年囲分六二、 九一九貫八〇〇匁獅子沢分二、 九一三貫四〇〇匁
崎山
分残銅二一,匁(十分一銅三、 七五八貫〇二〇匁)獅子沢分銅七、 六四一貫六〇〇匁(十分一銅七六四貫一六〇匁)
崎山
分内二一,匁(十分一銅一、 三八〇貫一八〇匁)獅子沢分銅二、 五三六貫〇〇〇匁(十分一銅二五三貫六〇〇匁)
崎山
分計八六
鹿角市史 第2巻 上
(0629)
度々申し出候ニ付」仙台領へ追放され、 清兵衛は「御礼金等相滞り」家屋敷没収の上親類預かりとなってい
崎山
銅山,元禄一三年(一七〇〇)から阿部小平治の稼行した尾去沢、
崎山
、 長坂三山の各定目や産銅量が、 宝永四年,このうち三山の状況を伝えるものを摘記すると一、
崎山
床、 宝永二酉年九月朔日より獅子沢へ引移り、,九月十日ニ御対頭(以下欠)一、 戌四月廿五日獅子沢床壱丁立増し申し候て、 獅子沢床四丁、
崎山
,森道切、 南ハ姥懐境より上新田沢水落迄、 西ハ三屋沢新田川切下新田大物長根道切、 北ハ丹板ノ峠
崎山
境
鹿角市史 第2巻 上
(0633)
十分一銅四、 八五一貫五○〇匁)獅子沢分銅一〇、 一七二貫五〇〇匁(十分一銅一、 〇一七貫一五〇匁)
崎山
分内二九,〇〇匁(十分一銅一、 四五五貫二〇匁)獅子沢分銅四、 八六五貫四〇〇匁(十分一銅四八六貫五四〇匁)
崎山
分,七五二貫七〇〇匁(十分一銅八七五貫二七〇匁)獅子沢分銅二、 三一二貫○〇〇匁(十分一銅二三一貫二〇〇匁)
崎山
分計八九,)銅二五、 四一〇貫〇〇〇匁(十分一銅二、 五一三貫五○〇匁)内獅子沢分一八、 八四〇貫、
崎山
分二
鹿角市史 第2巻 上
(0634)
の願出により、 彼の稼行する尾去沢、 田郡山、 獅子沢、 赤沢の四山を獅子沢銅山と称し、
崎山
,この時期の産銅量は獅子沢で八-一〇万貫即ち六〇万斤雨後、
崎山
一万貫程度、 長坂は宝永四年ほぼ五、
鹿角市史 第4巻
(0932)
この表の内、 初めの二基は毛馬内館の館神であった玉
崎山
金光寺にかかわるもので貴重な石仏といえる。
鹿角市史 第2巻 上
(0618)
一、 同
崎山
御山元禄九年見立山師花輪町井上長左衛門、 一書ニ井上吉右衛門と有。
鹿角市史 第2巻 上
(0609)
内田郡沢銅山、 同元山沢銅山、 同赤沢山銅山、 同小赤沢銅山、 同夏山銅山、 同長坂銅山、 同
崎山
銅山
鹿角市史 第5巻
(0115)
一阿部小平治の願出により尾去沢·田郡·獅子沢·赤沢の四山を獅子沢銅山と称し、
崎山
鹿角市史 第2巻 上
(0467)
尾去沢御銅山絵図(幕末期)の田郡沢と
崎山
銅山の内にもそれぞれ姥鋪の名が見える祐清私記』のなかで、 老婆
鹿角市史 第5巻
(0116)
崎山
御山、 阿部小平治が稼行した。 立石銅山、 山師勘兵衛が稼行した。
鹿角市史 第5巻
(0129)
九·
崎山
銅山、 花輪町治郎右衛門稼行す。
鹿角市史 第2巻 上
(0674)
黒沢川落合、 神田村川迄ハ米代川限御銅山附ノ積り一、 北ノ方三ツ矢沢下新田すはり合より大持長根、
崎山
沢下
鹿角市史 第5巻
(0108)
崎山
御山発見され、 山師熊谷仁兵衛相働く。 一雑書諸山開立年限附92
鹿角市史 第2巻 上
(0648)
については東は赤沢嶺西道流川限り、 南は長坂金山掘末銅山の分槇山境上新田水の落合大物長根道通り、 北は
崎山
境西道獅子沢落合限
鹿角市史 第5巻
(0111)
同同 同 同雑書八 ·九阿部小平次が尾去沢·
崎山
·長坂三山を稼行す。
鹿角市史 第5巻
(0183)
三·二三大湯北領風張村狐
崎山
林が野火にて一五〇間幅二八間焼入り杉本木八五本焼枯れとなった。
鹿角市史 第2巻 上
(0473)
、 花輪通
崎山
御山御銅山より三十丁程、 元禄九年見立、 山師熊谷仁兵衛暫時相働キ、 宝永四年阿部小平次相働
鹿角市史 第3巻 上
(0467)
獅子堂長根に金銅鉛鉱借区願を出願し、 同年四月譲渡人を大江松太郎、 譲受人を岩崎弥之助とする小字
崎山
三
鹿角市史 第2巻 上
(0553)
その外西道の内小杉平、
崎山
、 北平、 夏山にも南部金掘りの古間歩のあることを確かに見届けた。
鹿角市史資料編 第14集
(0099)
此反川壱反五畝毛馬内村長沢御山之内一、 出
崎山
と申所毛馬内御給人願人勝又定八印西は畑限東は長根限
鹿角市史 第2巻 下
(0451)
寛文二年桜庭兵助社領三石寄進、 玉
崎山
金光寺と号す。 元禄四年修理。
鹿角市史 第2巻 上
(0561)
現在姥懐とう地名は消滅し、 田郡、 永坂、
崎山
にそれぞれ姥鋪があり、 白根にも姥鋪がある。
鹿角市史 第2巻 上
(0469)
田郡、 横合、 赤沢、 西道、
崎山
、 勢沢、 下タ沢等は、 みなこの大森山から分れる尾根
鹿角市史 第2巻 上
(0619)
より流川笹小屋外落合限、 南ハ長坂金山境上新田水流限、 西ハ大物長根道通下新田沢水落合限、 北ハ
崎山
境西道獅子沢落合限
鹿角市史 第2巻 下
(0351)
十文字は、 北東は花軒田、 曲沢への道、 西は西道、
崎山
あるいは獅子沢への道と、 四方に通
鹿角市史 第2巻 上
(0270)
尾去沢山鹿沢山
崎山
長坂山槇山西道山〓(御墨引大切に守り木草を刈るは勿論御墨引を越えたり脇道を通り新道を
鹿角市史 第5巻
(0588)
妻ノ神〔花〕妻ノ神(平)〔湯瀬〕境沢坂梨峠坂ノ上〔花〕坂比平佐比内(沢)佐比内村〔岩手県〕
崎山
(銅山)
鹿角市史資料編 第26集
(0004)
『尾去沢銅山記録』(鍵屋茂兵衛関係書)、 『尾去沢銅山砒通』(原書名尾夫沢御銅山三沢並赤沢永坂
崎山
砒通之図
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