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鹿角市史資料編 第4集
(0065)
有之候哉相知連不申然処私留主故ニ縄ニ而戸詰置候処村太居候哉と戸押破内汀入候而女房ニ被申候ハ村太何処江参候哉と御尋ニ御座候間
川原町
江参候趣申上候処
川原町
何連参候哉,と御尋ニ御座候間菊松之屋敷江参候と申上候処
川原町
之何処江参候と御尋御座候間何連ニ御座候哉存不申と申上候処不埓事儀申者,切申候村太様顔より血流候処相見得候間御組丁金右衛門様江為知二参申候外存不申候御尋ニ付此段御答奉申上候以上正月
川原町
鹿角市史 第2巻 下
(0046)
その知行所百姓高書には、 ちいら現在の地羅野か)、 中屋敷、
川原町
、 十日市、 高はけなどの,その内に
川原町
とともに十日市の地名を見出せることは、 中世において有力国人の館(城)下に定期市の開かれていた
鹿角市史資料編 第20集
(0022)
若党壱人草り取壱人右之人数
川原町
江相詰、 場所詰御目付川上泰蔵殿江、 御徒目付柴内源十郎を以名札差出相届,
川原町
江相詰候人数左之通、 纒弐人、 奉行大竹直志、 階子三人、 添役田館勘之助一、 水本旗壱人
鹿角市史 第4巻
(0603)
米本真めト町川銀前では人が多数集り年の書〓占うトナ引き炭引トシナ引き十五日の夜、 花輪下夕町・
川原町
鹿角市史 第3巻 上
(0212)
「去六月当所大火ニ付己来町表後家口
川原町
五間町下小路其外町近き所茅屋根相廃……早々板屋柾屋根に相改可申
鹿角市史 第5巻
(0242)
六·七毛馬内通川々洪水、 毛馬内
川原町
水押上川縁欠損、 ほか往来道橋少なからず欠損する。
鹿角市史 第2巻 下
(0053)
一九六日町六三五五谷地田町九四六三沢口一七二四大町四〇二九中町-四六新町三七三六関向四一四三袋町六一五横町四一一一横丁四二二九今泉一六一四中小路九一三
川原町
三一二三小清水上三
鹿角市史 第5巻
(0145)
年東彦七郎·奥瀬内蔵藩家老、 次いで南彦八郎·北民部藩家老となる四·八花輪
川原町
出火
鹿角市史 第5巻
(0153)
同一〇·二九花輪町、 町奉行宿老検断立合の上
川原町
横丁中小路今泉中野家来屋敷同心丁を除くほか
鹿角市史 第2巻 下
(0419)
延享二年(一七四五)の花輪
川原町
大火により類焼し、 その後再建されて現在に至る。
鹿角市史 第2巻 下
(0424)
年代は不詳であるが、 元文五年(一七四〇)自火により焼失し、 幾何もなく延享二年(一七四五)五月の
川原町
大火
鹿角市史 第2巻 下
(0060)
三軒内上町三一二五中町三四二三下町四六三四五軒町五七二五加屋町三三二〇下小路七九四九安永九年改享和三年改
川原町
三八二九城
鹿角市史資料編 第6集
(0063)
御城下支配被仰付置候処所御給人被成御戻一、 御給人被召出候節之座江被成御戻一、 持屋舗中小路より
川原町
造一軒地
鹿角市史 第3巻 下
(0757)
黒沢輝夫は、 花輪
川原町
の出身。
鹿角市史 第5巻
(0132)
八·二五花輪町裏
川原町
より出火、 家数九軒類焼す。
鹿角市史 第5巻
(0317)
花輪局沿革史秋田魁新報鉱山と鉱山集落伏雲叢書三 · 二一夜一一時半花輪
川原町
出火、 六戸焼失
鹿角市史 第4巻
(0523)
花輪
川原町
では共有林に災害林として二町歩を植林して、 有事に備えていた。
鹿角市史 第5巻
(0347)
貸付規同程を定める芸妓屋、 料理屋、 カフェー、 喫茶店及食堂四· 九毛馬内町萱町出火、
川原町
鹿角市史 第5巻
(0166)
一〇 · 七毛馬内
川原町
長之助不行跡、 尾去沢銅山へ追放。
鹿角市史 第3巻 上
(0261)
・舟場・堰向・栗ノ木坂・沢口・上野・小沢田・火附森・館盆坂兎二区(下花輪)新町・横町・組丁・下タ町・
川原町
鹿角市史 第3巻 下
(0102)
かれた農村批判演説会は稀有の盛況を呈し、 沢田芳雄、 川俣清音らの熱弁が人々を動かした結果、
川原町
鹿角市史 第2巻 下
(0521)
師の湯川玉流は秋田生れといわれるが明らかでなく、 狩野春信に学び、 のち盛岡の
川原町
に住んだ。
鹿角市史 第2巻 下
(0052)
当然中野氏家中の居屋敷区域と同心丁は除外され、 ほかに中野氏給所肝入支配下の横丁、
川原町
、 今泉
鹿角市史資料編 第23集
(0095)
海防硝石御用所覚一万兵衛毛馬内町萬屋万兵衛毛馬内通柴内村細地御山鉛山御試差配方申付之九月廿日
川原町
一宗十郎之毛馬内通柴内村細地御山鉛山御試差配方申付右之通被仰付候旨頭取寺本惣内達之旨九月廿一日付
鹿角市史資料編 第8集
(0120)
一、 川村多喜人船場道より
川原町
住宅江引移候趣届有之。 十七日出ス。
鹿角市史資料編 第4集
(0066)
申候迚茂此通ニ而ハ存命茂無覚束又主人江茂申訳之ない為覚語を極め自分之刀取り追懸候得共二日之夜之事故横丁
川原町
之出口
鹿角市史資料編 第24集
(0107)
名古屋伊八後二太田新兵衛と改能登屋弥惣治、 此人数立合ニて花輪ノ三ケ日市飛弾より文政三辰年十一月十七日
川原町
御旅所
鹿角市史資料編 第32集
(0064)
八日昼夜大雨にて廿年来無之大水、 新山橋船も六七艘流失鉄ノ鎖も切紙町橋も痛、 其外所々川欠も有之由
川原町
水主丁
鹿角市史資料編 第2集
(0068)
昨日之市相場米百文ニ付六合五勺と申尤粟大豆は壱升百文之由扨扨高値驚入候事ニ候一、 七月卅日大雨ニ而木場へ
川原町
木流込凡五弐間程之趣申出
鹿角市史資料編 第4集
(0080)
申候迚茂此通ニ而ハ存命茂無覚束又主人江茂申訳之ない為覚語ヲ極め白分之刀取り追懸候得共二日之夜之事故横丁
川原町
之出口
鹿角市史資料編 第3集
(0019)
正月二日盛岡
川原町
圓光寺、 材木町永祥院に救小屋を立てゝ窮民を収容す、 其数三千余人にして日々三十人五十人
鹿角市史 第5巻
(0593)
#183; 396 · 61744 · 8 ·川原〔毛〕川原館川原ノ湯〔大〕
川原町
鹿角市史資料編 第4集
(0064)
熊治郎様江村太様過言被申候ニ付御越被成候と申事二御座候而村太様御宅ハ関向之藤蔵合借家と相心得被参候処
川原町
江御引移候由
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