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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史 第2巻 下 (0310)

夜明島川の桃枝(道地)部落の西から北へ真金山沢を約四キロ遡ると巻山峠に達する。,巻山峠を西へ下ると、 間もなく犀川の上流大葛金山である。,比内へ通ずる古道は、 この巻山道であると伝えられている。,巻山峠の北の黒沢越は、 鹿角側黒沢への降り口であり、 巻山峠の南の大谷越は比内側大谷への降り口である
鹿角市史 第2巻 下 (0308)

鹿角側は深、 坂比平から熊沢川に沿うて夏井に出、 長牛、 桃枝を経て巻山峠を越え、 比内大葛に,一八六五)七月六日の項に、 田山往来橋々が流失したので、 銅山仕送金飛脚案内のため「谷内村上ミ滝ノ畑巻山峠比内
鹿角市史 第1巻 (0505)

地名からこれをみるとき、 二藤次は峠口に多い「どうじ」地名、 今も巻山峠の峠口に桃枝集落があるからその,字大地田の南側は長牛館連続郭の一郭に当たり、 比内から巻山越えして夜明島川の谷口へ出る敵軍を扼する絶好
鹿角市史 第1巻 (0485)

谷内館は熊沢川に沿い母衣部越え・仙北越えの要路を扼し、 長牛館(城)は巻山峠越え比内大葛に通ずる夜明島川
鹿角市史 第2巻 上 (0566)

○同一一年六月二〇日一、 巻山金山奉行岩根又兵衛代りニ、 鶏冠井四郎右衛門今日申付ル。
鹿角市史資料編 第7集 (0143)

十一月十四日三壱駄畳惣太殿一、 同十五日二五片馬ト壱斗長嶺佐市之助殿一、 同二五壱駄又四郎方新蔵殿一、 同三弐駄三ケ田巻山長松殿内三斗六升十一月分三斗六升十二月分
鹿角市史 第2巻 上 (0565)

金山の西側の尾根が比内との境界で、 その巻山峠を越えると大葛の金山集落へでる。
鹿角市史 第1巻 (0598)

贄棚の比定地「贄の里」(大館市仁井田)は、 当市谷内から巻山峠を経て僅か二五キロメートルを隔てるに過
鹿角市史 第1巻 (0600)

これはおそらく秋田軍の侵入路が、 十文字越えとともに、 犀〓を遡り大葛口から巻山峠付近を黒沢越えもしくは
鹿角市史 第2巻 上 (0674)

尾去沢御銅山附御山境一、 西ノ方御境附三ツ矢沢下新田すはり合より立菱御山峯続、 ふなの木坂花峯通、 かきかけ巻山峯続
鹿角市史 第2巻 上 (0473)

天明二年より山師不老倉御山方三郎兵衛相働キ、 古名ハ巻山、 後槇山。
鹿角市史 第3巻 下 (0339)

〓一二年二月二日、 選鉱場背後の八巻山と花輪峠間の谷壁にそうて稀にみる大雪崩があり、 選鉱場を襲って
鹿角市史 第1巻 (0460)

そして夏井・長牛を経て桃枝へ至り、 巻山峠を越えて比内郡側大葛に下ると、 犀川沿いに、 執棚は目睫
鹿角市史 第2巻 下 (0306)

その経路は、 糠部郡の内今の二戸郡ふら鹿角を通過し巻山峠を越え犀川を下って贄柵に至るコースであったと
鹿角市史 第1巻 (0506)

津軽から新遠部沢沿いに侵攻してきたとみるよりは、 巻山峠越えに鹿角南部に侵入し、 北上して鹿角から
鹿角市史 第5巻 (0570)

藤里町〕盆坂本城〔森吉町〕本町〔毛〕マ前川原 〔八〕前谷地〔草木〕前谷地〔八〕前山曲沢(村)曲谷地曲田村巻山
鹿角市史 第2巻 上 (0269)

、 御境付黒沢巻山夜明嶋通御留山之れ在り候。
鹿角市史資料編 第34集 (0054)

金躰無之捨申を、 寛永十六年辛未白川屋利右衛門越後屋惣右衛門此両人掘り只今造掘続き申候事一慶長十三年二巻山夏山
鹿角市史 第5巻 (0574)

能代能代川能代湊野尻野田〔岩手県〕野中堂野辺地〔青森県〕ハ羽黒山〔山形県〕長谷川(村)八戸八(鉢) 巻山八幡平
鹿角市史資料編 第3集 (0004)

第三巻山口庄次郎遺稿の中心は「凶年暦及法令」である。
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