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鹿角市史 第3巻 下
(0581)
一県審議会の基本線である五カ町村(「花輪町、 尾去沢町、 柴平村、 宮川村、
曙村
」以下同じ),二その前提として、 二カ村(「宮川村、
曙村
」以下同じ)合併を認めること。,、 県審議会会長、 伊藤委員、 山崎委員、 渡部委員、 宮川村長、 宮川村議会議員、
曙村
長,、
曙村
議会議員が署名し、 誠実に実行することを確約すること。,遵守すなわち五カ町村合併の前提としての合併という条件付きで、 三一年県議会五月臨時会において「鹿角郡
曙村
及
鹿角市史 第3巻 上
(0032)
曙村
根本五郎氏管理、 優良の駒を産出する。,
曙村
の馬匹放牧場(宮川・大湯と共に斯業の中枢地)明治三十年石川理紀之助の柴平適産調に参加した人々の血判
鹿角市史 第3巻 下
(0304)
一方、 大正一一年九月宮川村、
曙村
の協同経営というべき南鹿電気株式会社が設立をみた。,かねて農村更生の宮川理想を掲げていた阿部藤助一
曙村
)、 阿部貞一、 渡部繁雄村長)らが協議し、,需要家数昭和七年現在一は宮川村五〇八、
曙村
三八七、 その取付個数は事業者用を含め一、 一八四であった
鹿角市史 第3巻 上
(0178)
大湯村長尾去沢村長宮川村長
曙村
長「『秋田県町村合併誌』より
鹿角市史 第3巻 下
(0580)
二九年の県議会一二月定例会に、 花輪町・
曙村
・些半村の一町二カ村を合併して花輪町とする議案が提出されたが,をもって否決されたての後宮川・曙両村には、 県計画とは別の進め方で、 先ず不離不即の関係にある宮川村と
曙村
,これまでの紛争の火種となってた宮川村は、 三一年三月にいたって
曙村
との合併を村議会で可決し、 その
鹿角市史 第3巻 上
(0346)
受賞は牛馬共二歳、 一等賞・鹿毛牡馬
曙村
佐藤録太郎、 二等賞・黒鹿毛牡馬宮川村阿部善治/青毛牝馬大湯村谷地文弥,/黒鹿毛牡馬大湯村清水秀太郎、 三等賞・鹿毛牡馬七瀧村成田玄太郎/青毛牡馬
曙村
根本五郎/黒鹿毛牝馬大湯村諏訪已代治,として、 四一年以来大湯村に導入されたアングロノルマン種ドンキショット号(鹿毛)と、 四四年から
曙村
佐藤録太郎家
鹿角市史 第3巻 上
(0218)
・六・二二大湯村中町、 丁内大火で五二戸焼失、 大湯村役場類焼四〇・月日不詳米代川流域(花輪町・
曙村
,・宮川村・錦木村・毛馬内町)及び熊沢川流域(
曙村
・宮川村)で水害、 堤防決壊五〇間、 道路決壊一一間
鹿角市史 第3巻 下
(0173)
第二四表大湯町消防組の組織と人員(昭和一三年『予算及議案』大湯町役場)鹿角時報、 昭昭和三年
曙村
夏井,大型自動車ポンプ三台花輪町、 小坂町、
曙村
鹿角市史 第5巻
(0319)
鹿角郡産業調査書
曙村
地内田ノ沢鉱山の鉱区一部を加賀谷務が買収、 鹿角鉱山として独立した。,一一·一〇新築の
曙村
役場が落成した。 秋田魁新報303
鹿角市史 第3巻 下
(0374)
大正二年現在の郡内鉱区調をみると、
曙村
の採掘権者として西田市太郎の名がある。,また昭和八年一月の記事では、
曙村
役場より山中に一二キロ、 西田天香の経営したことのある田の沢鉱山
鹿角市史 第3巻 下
(0177)
錦木成田富彌黒澤久藏第一分團高瀬善作畠山利喜太〓第二分團米澤仁吉郎安保寛藏
曙村
佐藤恒四郎阿部権之丞第一分團海沼清志田中新太郎第二分團石坂源次郎山口小一郎第三分團阿部動七郎佐藤謙吉第四分團佐藤長助戸館初蔵
鹿角市史 第5巻
(0347)
四·二〇
曙村
養蚕実行組合、 大日本蚕糸会より表彰さる。,秋田魁新報八 ·一〇·
曙村
農村更生五カ年計画、 着々目標額を達成す。
鹿角市史 第3巻 下
(0103)
で労働農民党が分裂し日本労農党、 社会民衆党が派生したことの影響をうけ、 鹿角では日本農民組合の
曙村
松谷支部,の回顧によると、 昭和二年の頃花輪とその周辺の農民は奈良の指導のもとに労農党の組合に結集され、
曙村
鹿角市史 第3巻 下
(0220)
これより先、 同年七月中央教化団体連合会による自力更生の模範村調査に対し、 本県からは
曙村
、 西目村,
曙村
の推薦理由には「各部落の実情調査に基き産業是を確立し、 山間部は茸類、 ゼンマイ〓の栽培加工、
鹿角市史 第3巻 下
(0221)
翌八年、
曙村
では農村更生五カ年計画を立て、 産業組合中心の金融、 副業増産による収入増加、,一二年、 経済更生特別指定村となった
曙村
は、 事業達成にはまず先駆者的人物の養成が必要であるとして
鹿角市史 第3巻 下
(0579)
同年五月町村合併計画案として答申したが、 そのうち鹿角部分は「花輪町、 尾去沢町、 宮川村、
曙村
,宮川、
曙村
ではすでに中学校注‥組合立鹿角中学校を合併している程であるから、 合併可能性は一番強いと
鹿角市史 第5巻
(0376)
出典鹿角時報九 ·一〇 ·
曙村
長井田·宮川村長嶺両土地改良区の設立。,鉱山と鉱山集落同 同
曙村
真金山鉱山、 再び採掘を始める。
鹿角市史 第3巻 下
(0332)
昭和五年一月に入り、 鉱山は四年度煙害賠償金額を各町村集落毎に発表することとし、 まず一五日には
曙村
田地二六町三反余,ごとに発表し〓時に部落代表との交渉により解決する方針をとり、 その総額約一万四、 五〇〇円で、
曙村
鹿角市史 第3巻 下
(0243)
昭和八年には
曙村
産種薯三〇俵を、 県農事試験場の斡旋でアメリカ、 ブラジルに送った。
鹿角市史 第3巻 下
(0515)
佐藤昌二、 中西政一、 村木年雄)、 坂本久一郎、 高橋喜太郎、 佐藤実)、 木村末輪町
曙村
以上毛小坂治,大湯各部落に割当てられた人夫により着々と、 改良工事が進捗した戦時馬産計画遂行のため、 郡畜産組合は
曙村
松館
鹿角市史 第3巻 下
(0214)
比較的経営の安定している一町以上三町以下の、 自作を主とする階層は柴平村、 錦木村、
曙村
、
鹿角市史 第3巻 下
(0247)
一〇年四月には
曙村
養蚕実行組合が、 一二年四月には宮川村養蚕実行組合がともに優良養蚕団体として大日本蚕糸会総会
鹿角市史 第3巻 下
(0613)
例えば二八年一〇月一二日付改新乃鹿角紙に「鹿角市の建設など/二十年前からの問題」という見出しで、
曙村
佐々木辰太郎
鹿角市史 第3巻 上
(0217)
福士川氾濫し、 花輪町袋丁、 組丁、 横丁、 皆川となる二七・八・一大雷雨、 小豆大の降雹、
曙村
鹿角市史 第3巻 下
(0181)
花輪宮川線は、 六日町を分岐点として、 西道口を経て
曙村
に至り長嶺に出て碇発電所の所で県道鹿角街道
鹿角市史 第4巻
(0887)
秋田県鹿角郡大湯町、
曙村
白欠若者と娘をめぐるこうした調査における態度として、 主要著作の一つ『しきたりの
鹿角市史 第3巻 下
(0154)
鹿角における開業医師数は二八名、 郡内一〇町村のうち柴平村には医師の常設出張所はあったが、
曙村
鹿角市史 第3巻 下
(0088)
曙村
は平穏、 宮川村はかって宮麓と長谷川の確執対抗があったものの、 組合事業の発展とともに感情の融和
鹿角市史 第3巻 下
(0211)
大湯村六九・五、 柴平村六六・六、 尾去沢村五四・九、 宮川村五三・二、 錦木村五三・一、
曙村
四七
鹿角市史 第5巻
(0299)
一大雷雨、 小豆大の降雹、
曙村
で落雷死者二名。
鹿角市史 第3巻 下
(0171)
なお、
曙村
では四年私設消防組当時ポンプは装備していたが、 公立消防組が組織されたのは九年のこと
鹿角市史 第3巻 下
(0258)
伝貧とよばれて恐れられた伝染性貧血症は、 明治三七年まず鹿角郡
曙村
に発生し、 年をおうて大湯、
鹿角市史 第3巻 下
(0444)
その総数は三七カ町村で、 本郡では
曙村
・柴平村・七瀧村がこれに認定されている。
鹿角市史 第4巻
(0119)
九月十また昭和二十九年()には旧
曙村
杉山で落雷により、 住家三棟・非住家二棟が全焼した例がある。
鹿角市史 第4巻
(0092)
をはさんで東側の宮麓村、 長谷川村を合わせて宮川村となり、 西側の松谷村、 長井田村を合わせて
曙村
鹿角市史 第3巻 下
(0526)
鹿角郡一〇カ町村のうち、 七滝村、 柴平村、 錦木村、 宮川村、
曙村
の五カ村は自治体警察を
鹿角市史 第3巻 上
(0174)
同じく
曙村
においては、 一級議員として渡部文蔵、 阿部連之助、 田中六助、 阿部治助、 阿部忠七
鹿角市史 第3巻 上
(0202)
花輪町一一人、 尾去沢村八人、
曙村
三人、 宮川村七人、 柴平村一人、 錦木村四人、 毛馬内村八人
鹿角市史 第3巻 上
(0319)
このうち信用購買販売組合については、 四一年度『村会議事録・
曙村
』に、 松館部落有籾売却同部落の信用購買組合
鹿角市史 第3巻 下
(0495)
托鉢後、 花輪町各寺院に分宿同十一日午前七時花輪町出発、 三ケ田に到り寳珠寺に於て昼食、 更に
曙村
各部落
鹿角市史 第3巻 上
(0583)
毛馬内南部連合区域尾去沢村宮川村柴平村花輪町
曙村
北部連合区域毛馬内町大湯村錦木村小坂村七滝村これにより
鹿角市史 第5巻
(0377)
官報六·一五宮川村·
曙村
が合併し八幡平村が発足す。
鹿角市史 第3巻 下
(0268)
昭和三年の郡農会調査では、 養兎数の多い順位に宮川村一、 三七三、
曙村
一、 〇二五、 花輪町九四七
鹿角市史 第3巻 下
(0525)
花輪町大里周蔵柴平村金沢憲司七瀧村谷田部亮一尾去沢町高杉重右衛門毛馬内町伊藤良三小坂町木村定治
曙村
斎藤吉之助銅木村佐々木鉄蔵宮川村成田元吉大湯町諏訪富多小坂
鹿角市史 第5巻
(0344)
鹿角時報三·二五柴平村議五名出市、 村政紊乱について県に陳情秋田魁新報四 ·同
曙村
鹿角市史 第3巻 上
(0392)
)、 寝台(七円)、 行李(二円八十七銭)は立派に、 七滝村佐藤治の〓形花生(二十三銭)、
曙村
阿部多次郎
鹿角市史 第3巻 上
(0395)
そのほか七滝・宮川でも製造され一『明治四十年秋田県鹿角郡統計要覧』)、
曙村
松館からは粘土が搬出された
鹿角市史 第5巻
(0318)
県警察部で濁酒密造矯正町村として
曙村
·錦木村を指定した。
鹿角市史 第3巻 下
(0069)
一一月末、 突然
曙村
民約六〇名が鉱山へ押しよせ、 損害支払を談じこんだが、 平和に解決するのであらば
鹿角市史 第5巻
(0354)
尾去沢鉱山山史同同同この年
曙村
田ノ沢鉱山を旭鉱業会社が復興を図る。
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