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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史資料編 第31集 (0027)

金千七拾弐両弐分ト銭壱貫百四分右之通御銅山御仕入木綿代奉請取相渡申候以上慶応二年六月村井茂兵衛〓大坂御銅山方中様
鹿角市史 第3巻 上 (0435)

ついで同一三日民部省か破りつぎの達が盛岡県に発せられ、 分借金返納延滞を理由に鍵屋村井茂兵衛の家産は,其管下陸中国盛岡町人村井茂兵衛盛岡藩より英商オールトより借入候洋銀の内拾弐万弐千枚、 同藩より相預り,この不条理な結果についてのちに村井茂兵衛の歿後一明治六年五月没)、 茂兵衛を襲名した子直三郎が再審を
鹿角市史 第3巻 上 (0433)

主家や証文連署の者に累の及ぶことを恐れた川井清蔵は、 再び鍵屋を利用し、 オールトからの借主を村井茂兵衛一人,二月に村井茂兵衛が川井の強要に屈して藩債の証書に保証捺印しているが、 その藩債は県債となり、 その
鹿角市史 第3巻 上 (0399)

小野組破産事件は村井茂兵衛に係る尾去沢銅山事件と同様、 井上馨の影が噂される事件であった。
鹿角市史 第3巻 上 (0422)

陸中国鹿角郡尾去村尾去沢銅山八月廿五日ヨリ廿八日ニ至ル寛文六年丙年開山、 明和二酉年ヨリ南部家手行ヒ明治元年〓辰十一月ヨリ村井茂兵衛受負稼
鹿角市史 第5巻 (0268)

花輪町史四·二〇尾去沢銅山、 村井茂兵衛から岡田平蔵へ引継がれた。
鹿角市史 第3巻 上 (0420)

ともかく、 経営の主体が藩から村井茂兵衛にかわっても、 採鉱・製錬などの生産技術や仕法に特別な改変
鹿角市史 第2巻 上 (0712)

かくて尾去沢の稼行経営は幕藩体制解体期の明治初頭へかけて鍵屋村井茂兵衛の手で行われることになった。
鹿角市史 第3巻 上 (0439)

二、 苦難の鉱業会社鉱業会社となる明治五年四月二〇日、 尾去沢銅山の稼行は村井茂兵衛から岡田平蔵に
鹿角市史 第5巻 (0269)

二一·村井茂兵衛、 尾去沢銅山不当処分の件で出訴。
鹿角市史 第3巻 上 (0419)

藩財政の運用面でかかわりの最も深かった「鍵屋」こと、 村井茂兵衛に対して尾去沢鉱山の経営のすべてを委任
鹿角市史 第2巻 上 (0711)

慶應四年三月、 藩は盛岡の豪商鍵屋村井茂兵衛に、 産銅にかかわる一切の売捌方を請負わせることとした
鹿角市史 第3巻 上 (0436)

大蔵省判理局の川村選は、 川井清蔵と村井茂兵衛を呼び出し、 藩との貸借関係について再吟味を行なった
鹿角市史資料編 第15集 (0114)

弐百五拾両平野喜六一、 三百両大光寺悦右衛門、 五百両宮平蔵一、 五百両福士儀八、 五百両村井茂兵衛一
鹿角市史 第3巻 上 (0437)

疑獄事件となる八年二月ごろ、 村井茂兵衛は尾去沢銅山不当処分について訴訟を起こしたが、 その五月失恵
鹿角市史 第3巻 上 (0438)

そのうち同年一一月江藤が下野したので、 この事件はそのままになってしまった七年二月、 村井茂兵衛は
鹿角市史資料編 第15集 (0063)

五月右御沙汰御用人下田右学下斗米源石川澄村井茂兵衛田中雄左衛門一、 田名部通佐井村伝相寺右は寺修覆仕度
鹿角市史 第5巻 (0671)

131 ·132 3上11 · 371 ·374 · 375 →村井茂兵衛角右衛門
鹿角市史資料編 第1集 (0094)

村井直太郎并支配人忠兵衛登山又東京より岡田平蔵外に五六人是又登山同廿日支配人斉藤忠太并手伝迄御役屋へ相詰候処川村様より御達には村井茂兵衛願
鹿角市史 第5巻 (0613)

村井市左衛門村井権十郎村井 定吉村井定之助2下572上6463上3972下572村井直三郎3上377 · 379村井茂兵衛
鹿角市史資料編 第2集 (0037)

付被立遣候処針銅座ニ而取行ひ候所業道具等甚夕小仕掛ニ而迚も大こなし之働難相出依之鹿角ニ而御取引方被仰付被下度旨御用達村井茂兵衛
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