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鹿角市史資料編 第25集
(0061)
左様相心得へく候と申御文段も候条、 両様之御主意猶以厚く遵奉いたし、 心得違ひ無之様可致者巾
東山
道鎮撫総督府辰正月執事此度
東山
道鎮撫総督之勅命,尚又諸藩之情實人心之向背被為問度叡慮候間、 当道之諸藩主速二本陣江罷出情實具陳實効可相立候、 於背命之輩は可被處厳刑者也戊辰正月
東山
道鎮撫総督同副総督農商江布告此度
東山
道鎮撫総督之勅命,其外子細有之輩は無遠慮本陣汀可訴出、 〓議之上公平之處置二及候間、 心得違無之様可致候事戊辰正月
東山
道鎮撫総督同副総督今度
東山
道鎮撫総督御発向,歳八十以上之者及螺寡孤獨貧窮無告之民共ハ廣ク御賑恤可被遊、 忠臣孝子義夫節婦等之聞江有ハ、 夫々御褒美被為在思召二候間、
東山
道諸國役人共精々取調書取,役人共自己之愛憎ニより依怙贔屓之事有之候ハ、 厳重之御沙汰可被為在候間心得違無之様可致者巾戊辰正月
東山
道鎮撫総督執事
東山
道諸國宿々村々役人共江近日滋野井殿綾小路殿家来抔
鹿角市史 第3巻 下
(0626)
「手をつなぐ親の会」では、 三六年四月
東山
学園建設準備委員会を作り、
東山
学園に障害をもつ子ども全員,このような運動の成果である財団法人花輪ふくし会による
東山
学園は、 三七年七月定員三〇名の施設として開所,親の会の努力はその後も続き、 四〇年四月には社会福祉法人花輪ふくし会による
東山
学園としてようやく認可,
東山
学園の重症児を持つ親たちを中心とした「ねがい親の会」会長小野寺舜平)は、 国立の重症心身障害児施設,
東山
学園では、 さらに四五年機能訓練棟を設けたり、 五二年新園舎が改築され、 重症児三〇名を受けいれるなどの
鹿角市史 第4巻
(0166)
かつて花輪では旧四月一日は
東山
見の日であった。,市日にニシンが出ると、 ヒロコを入れてカヤキ(貝焼)にし、 山野に行楽して
東山
を見たものだという。,このときもし山行きが出来ない時は、
東山
の見える座敷にお神酒を供え一家揃って夕飯を食べた。,また八幡平の旧宮川村でも四月一日、
東山
を拝むといって付近の山に行って石で竃をつくり、 ヒロコを採
鹿角市史資料編 第25集
(0062)
戊辰
東山
道鎮撫総督正月正月執事執事
東山
道諸國宿々村々役人中南部伯著殿殿御内宝欣理今殿御死去被成候申来候間
鹿角市史 第2巻 上
(0567)
兒文七年(一六六七)、 花輪の惣吉が「
東山
外山ノ内さるこめ、 小瀧沢、 夏地山右三ケ所」に金山を,〓文大次てとるの言が葉山外山ノ内さるこ、 小進、 夏地出名三ケ所」に金山を立て鹿角
東山
外山ノ内さるこめ
鹿角市史資料編 第18集
(0041)
以上四月廿二日土佐内晴山治平印菊池喜七様右之通
東山
立紙へ相認メ出シ。,以上弘化四年四月廿二日菊池喜七印新山御番所右之通
東山
立紙江相認出シ。
鹿角市史 第1巻
(0417)
〓(遺跡番号〓〓)鹿角市花輪字案内二一の立地鹿角盆地の東側山地の裾野で、 西に
東山
部落をのぞみ、
鹿角市史資料編 第9集
(0064)
一、 ほふくち火縄附木共相遣ろふそく四十遣し一、 茶五十文分調遣し一、
東山
壱状同断一、 大方弐十枚同断一
鹿角市史 第4巻
(0690)
〓
東山
に雲がかかると雨になる(五ノ宮嶽・皮投岳も同じ)。 ○井戸水がふえると大水が出る。
鹿角市史 第4巻
(0041)
び、 林檎の貯蔵、 資源としての雪五春を待つ…七九雪割りと道普請、 屋根の葺替え、 坂滑り・
東山
見
鹿角市史資料編 第9集
(0083)
酒五升御辨當参候節斗被遣候事同諏訪善次郎一、 炭壱俵同断同工藤純作一、 大方壱状御草り取壱人一、
東山
壱状御駕四人一
鹿角市史 第2巻 上
(0568)
弥六郎(八戸)花王惣吉(山本家文書)この金山の位置もよくわからないが、 後年外山金銅山、
東山
鉱山
鹿角市史 第2巻 下
(0544)
松下〔谷内〕南谷〔大館〕佳日、 乙丸、 竹、 可昌、 昔、 尋風、 大奥君、 如月庵
東山
鹿角市史 第4巻
(0159)
花輪では
東山
赤坂付近の苗代池や、 福士川の水を造成した池に引き入れて天然の氷が作られていた。
鹿角市史資料編 第18集
(0131)
一、 山本山五十文分
東山
壱状大方廿枚炭壱俵ろうそく四丁火縄付木ほぐツ共遣。
鹿角市史 第4巻
(0832)
青山土手から〓セッセッセパラリコセー青山土手から
東山
みればナみれば+みればみる程涙がポーロポロポーロポロ
鹿角市史 第3巻 下
(0373)
列が
東山
の上から下ヘチラックことになると云ふ。
鹿角市史 第3巻 下
(0636)
築造給水区域のうち標高一六〇〓以上の地域を高区、 以下を低区給水区域とし、 配水地区を二カ所に築浩
東山
住宅簡易水道
鹿角市史資料編 第19集
(0059)
取壱人御菓子饅頭下村愛之助様花咲様御初惣女中□方江相内求馬様已上北万次郎様四月廿日鵜飼悦之助洋手扣切紙江認、
東山
鹿角市史資料編 第17集
(0076)
生蕗右張札ニ而御上四方江
東山
ニて封印、 御家老茂方印形いたし差出候事御書左之通江刺邊様南部土佐梅内藤六様以手紙令啓上候
鹿角市史資料編 第19集
(0026)
取壱人御供上下小川口今治上下国分喜代助上下尾形亭助上下小川定見上下大竹直志百文代山本山杉重七組楊子三十五せん炭壱俵大方壱状
東山
五状布巾壱尺五寸但茶布由銭三百文御客酒五升方丈分弐升
鹿角市史 第5巻
(0437)
一〇·二九
東山
霊園墓地の造成終り竣工式が行われた。
鹿角市史資料編 第31集
(0032)
可為曲事候也寛文六年五月十八日九左衛門判弥六郎判白根ノ久二郎一九鹿角郡ノ内おたるべ沢狼倉砂子沢山にこり川山、 小坂山同
東山
鹿角市史資料編 第22集
(0059)
御上江被遣候御目録ハ杉原ニ而、 上包ハ大方、 御次ハ切紙江認メ上包
東山
。 御用有之今日着。
鹿角市史資料編 第21集
(0039)
御駕籠四〓御寺詰入用品貞秀院様一、 大方壱状御供上下小川口徳右衛門一、
東山
五状同波岡恵一、 炭壱俵同晴山冨吉一
鹿角市史資料編 第20集
(0054)
、 杉重但五ツ盛弐組、 炭壱俵一、 蝋燭大四丁一、 山本山茶百文代一、 大方弐拾枚一、
東山
壱状右之通御先詰迄差遣
鹿角市史 第5巻
(0090)
一〇·一鹿角郡の内おたるべ沢狼倉砂子沢山にこり川山小坂山同
東山
の内杉の沢前之沢せいの小沢大川
鹿角市史 第5巻
(0383)
秋田魁年鑑鹿 同角イ同北鹿新聞四 ·花輪「手をつなぐ親の会」
東山
学園建設準備委員367
鹿角市史 第4巻
(0119)
柴平地区でも
東山
を越えてくるヤマセを最も恐れていた。
鹿角市史資料編 第20集
(0018)
済楫廿三日上包
東山
ニ而実名南部壱岐右之通取調、 奥江大竹直志を以差出候処、 喜多見勉殿出會、 相渡被下候旨申出
鹿角市史資料編 第19集
(0057)
赤魚弐拾枚玉子百串貝弐連御小座敷江ゆへし饅頭花咲様御初惣女中□方へ已上四月十三日右之通手扣相認、 上包御上様之分大奉ニ而、 外
東山
鹿角市史資料編 第18集
(0064)
以ト五月廿三日御献上御残蕗御廻方左之通生蕗張札大方ニ而四方
東山
ニ而封印御家老印形可致事。
鹿角市史資料編 第22集
(0033)
以上右ハ
東山
ニ而包ミ、 上書合印ト認メ。
鹿角市史 第5巻
(0404)
二花輪町市民プール、 スポーツセンターに完成す八· 四第八回県ボーイスカウト大会、 花輪
東山
鹿角市史 第5巻
(0431)
鹿角市芸術文化振興大会を広域交流センターで開催同三·二〇社会福祉法人花輪ふくし会運営の精薄児施設
東山
学園
鹿角市史 第4巻
(0481)
②毛馬内上野「右町、 左□□(元文五年)」(一七四〇)3花輪
東山
「右幸稲荷神社、 左駒形神社花輪鉱山
鹿角市史 第3巻 下
(0568)
その頃教育の機会均等運動が勃興していたので「手をつなぐ親の会」は全県的運動に発展し、 三七年に
東山
学園財団法人花
鹿角市史 第2巻 上
(0482)
んだと伝えられ、 家蔵文書の古いものには正保三年(一六四六)物成指紙、 寛文七年(一六八七)鹿角
東山
外山之内金山見立証文等
鹿角市史資料編 第20集
(0101)
七百文掛銭一、 御備餅三通一、 御懸肴三折一、 〓弐枚一、 杉原拾枚一、 大方廿枚一、
東山
弐状一
鹿角市史資料編 第19集
(0010)
御小座敷江市川塩引五本塩引十五本御菓子羽二重餅数重一重花咲様御初、 惣御女中□万江已上右献上物、 乗臺ニ而附添御使者諏訪内右衛門草り取壱人御上手扣杉原ニ而上包
東山
御次手扣白切紙
鹿角市史資料編 第15集
(0045)
他官処之者三戸二日町権太大間奥戸両御野御除悪太於毛馬内御〓拂就被仰付候諸入方書上仕覚一、 銭七百弐拾四文内一、 八拾文大方貳拾枚代一、 四拾文
東山
紙貳状代一
鹿角市史資料編 第19集
(0096)
以上但し御合印ハ、 幅三寸位、 長サ六寸位、 中奉書ニ而
東山
江包、 合印と書。
鹿角市史資料編 第19集
(0053)
おほへうなき御小座敷江羽二重餅花咲様御初惣御女中□方汀已上四月十一日右手扣
東山
ニ而上包。
鹿角市史 第3巻 上
(0425)
一、 鉱夫諸職人トモ自分抱之者不心得之儀有之共勝〓鹿角
東山
鉱山山例(岩手県を印刷したけい紙に記載県庁
鹿角市史 第5巻
(0374)
花輪町史一一 ·馬見平放牧場の牛一四頭熊に殺され熊狩行わる一二·二〇花輪スキー場
東山
鹿角市史 第5巻
(0385)
七· 七花輪町財団法人
東山
学園、 初の入園式を行う。
鹿角市史 第3巻 下
(0642)
その他の区域については週一回收集、 焼却場で処理するほか、 不燃物については月二回收集し、 花輪
東山
鹿角市史 第2巻 上
(0582)
小平治の手代伊右衛門の子孫である西磐井郡
東山
町松川石川家所蔵にかかる『元禄八年惣勘定・大福帳』なるものが
鹿角市史 第1巻
(0219)
一方花輪東部
東山
一帯は、 縄文各期から続縄文遺跡の密集地であり、 その南部の玉内と米代川対岸の尾去
鹿角市史資料編 第32集
(0086)
、 きみと申ハ□のくき直々ニ御坐候きみ脇御聞当被成候ハゝ何分乍御面倒御調被下度奉頼候、 被仰下候
東山
不宜候得共弐朱相調差越甲候
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