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鹿角市史 第4巻
(0023)
下草木の獅子舞(現在廃絶)菅江真澄が描いた
松の木
の駒形神社金勢様(
松の木
・駒形神社<だんぶり長者伝説
鹿角市史 第3巻 下
(0498)
三四年四月に小南部大教会の鹿角出張所が設けられた『天理教伝道史〓、 (東北地方編)』大正一二年に錦木村
松の
,
木
)。,に荘厳なる教会、
松の木
宣教所を建立したが、 まだ木の香もあせぬ昭和三年五月、 類焼のため焼失してしまった,鹿角中で一六人(そのうち舘〓村に一五人)、 北秋田郡に約五〇人、 岩手県に約一五〇人あり、
松の
,
木
宣教所の支配下にあった『鹿角郷土誌」ひとのみち教団(PL教団の前身)は、 昭和六年以降に全国的に知
鹿角市史 第3巻 下
(0653)
市内では四二年には十和田町室田の
松ノ木
三叉路と同町毛馬内の小坂線入〓に翌四三年、 花輪町高井田線・中央通交差点,四五年四月一日に県道盛岡・毛馬内線の内十和田町の
松ノ木
から県境を越えて岩手県滝沢村までが、 国道二八二号線
鹿角市史 第3巻 上
(0613)
客馬車二〇年頃、 郡交通の要衝である
松ノ木
に青森県碇ケ関から数名の者(氏名不詳)が来て、 客馬里を,これに刺戟されてか三五年頃、
松ノ木
、 毛馬内、 花輪に客馬車を始める人が出、 「鹿角馬車」と
鹿角市史 第2巻 下
(0336)
「小商人も壱弐軒」「あったという冠田村を日誌」経て
松ノ木
の追分に至り、 此処から毛馬内道が分かれていた,〓
松の木
と米代川を距てて対岸は神田村となり、 渡し舟
鹿角市史 第4巻
(0075)
(毛馬内・伊藤家)…一男神の仏像…2円三宝荒神様(小平)…一下草木の獅子舞(現在廃絶)……一金勢様(
松の
,
木
・駒形神社)…円菅江真澄が描いた
松の木
の駒形神社…吉祥姫の墓とイチョウの木…(鹿角の祭り)花輪囃子毛馬内盆踊
鹿角市史 第4巻
(0475)
花輪小坂間定期乘合自動車時間表乘事金{中山缺〓店森内雜貨店花輪・柴平間〓二十瓦〓柴平・
松ノ木
間=十五〓,竹〓農具店
松ノ木
・毛〓内〓=十円毛時内{〓辰呉駅店小小七毛〓朱毛馬内・七號間=二十毛〓内〓…秋田時事支
鹿角市史 第4巻
(0522)
大欠や第1図田植の共同作業(
松の木
)放牧場などの管理
松の木
では、 昭和十五年から終戦まで田植や育児、
鹿角市史 第4巻
(0792)
第2表鹿角の昔話一覧狐の立聴鼠の国ねこじゃおどり〓動物の嫁・婿狐平橋〃曲2円
松の木
から落ちた別当さんト
鹿角市史 第2巻 下
(0339)
〓来満街道奥筋往来鹿角街道から室田(
松の木
)で分岐して毛馬内に入り、 毛馬内から大湯を経て来満山中を,
松の木
の駒形神社(金勢堂)脇から、 錦木塚、 古川村を経、 大湯川を渡って毛馬内に入る。
鹿角市史 第4巻
(0647)
錦木の
松の木
にある駒形神社の祭神は保食神で、 元禄四年(一六九一)創建という由来がある。,御神体は木造の男性器で、
松の木
の金勢さんとしても知られている。
鹿角市史資料編 第12集
(0021)
、 新田町
松の木
の外れまで、 毛馬内九左衛門様御使者来る。,、 桜庭愛橘様御使者、 同断、 升形外と
松の木
の東側へ、 花輪御同心小頭小沼嘉平太、 熊谷理兵衛
鹿角市史 第4巻
(0846)
以下同じ二十七日毛布の渡(神田)を渡り、 古川・
松の木
・冠田・涙川を通り、 鶴田・鉄砲・花輪を経て
鹿角市史 第3巻 上
(0601)
四四年一月、 会員米田理作・米田徳治の入営を
松ノ木
まで見送り、 以来入営兵送りは青年会恒例の事業となった
鹿角市史 第4巻
(0453)
神田の舟渡しは神田と
松の木
の間を結び、 秋田往還筋の要所で、 ムラの東外れにあったが、 川の流れの
鹿角市史 第5巻
(0298)
この頃
松ノ木
、 毛馬内、 花輪から、 鹿角馬車とよばれて同大館まで往復する業者があらわれた。
鹿角市史 第5巻
(0160)
七· 八大洪水、 寺坂下夕通より冠田
松ノ木
下タ迄川欠永代荒多く出る。
鹿角市史 第3巻 下
(0645)
十和田町では四二年、 十和田高校前、
松ノ木
交差点に一時停止、 注意進行を示す赤黄点滅式信号機を
鹿角市史 第5巻
(0229)
一〇·二八
松ノ木
村金勢大明神祭礼にて、 毛馬内給人嫡子と古川村若者三人との間に口論があり、
鹿角市史 第5巻
(0354)
における国道県道舗装工事の施工方につき意見書を提出鹿角角関係係事事項六·二九錦木村役場、
松の
,
木
に新築し落成式を行う。
鹿角市史 第5巻
(0182)
同同同雑書六·米代川洪水、 大湯藤岡 · 諏訪両知行地
松ノ木
村下夕谷瀬七人役の場所流失
鹿角市史資料編 第31集
(0064)
廿五日ニハ花輪御出被遊候大欠御普請所入用道具覚一千四拾五本松木貫木長八尺末口指渡二寸位千三百九十九本
松ノ
,
木
〓木長八尺末口指渡弐寸五分より三寸迄右ハ石野村御林より一八千五百五拾六本悴木柵立長五尺末口指渡弐寸弐三分
鹿角市史 第5巻
(0385)
松の木
·大湯間の全面舗装が完成す。
鹿角市史 第4巻
(0849)
内容は錦木塚・にしき木・
松の木
の石雄元の祠などで、 七月一日に月山神社に詣でた記録もある。
鹿角市史 第5巻
(0313)
第一位を占む同凶作となるこの救済のため産業組合設立をすすめ補助金三 ·四 ·
松の
,
木
天理教会創立し最初の宣教所となる。
鹿角市史資料編 第25集
(0049)
右未遣之分雇銭品々取立差出可申候以上十二月六日大欠御普請所柴内村小平村上台村草木村覚一、 八貫四百九拾四文
松ノ
,
木
村倉、 壱貫文寺坂村松太郎一、 七貫五百文小平村市太郎一、 壱貫弐百文〃留助一、 九貫五百文
鹿角市史 第5巻
(0327)
九·一五
松の木
に天理教宣教所新築さる。
鹿角市史 第4巻
(0449)
来満街道
松の木
から分岐し、 東北行して毛馬内・大湯を通って来満山中を越え、 三戸に達するのが来満街道
鹿角市史 第2巻 上
(0343)
宝暦一三年(一七六三)三月の同様願書にも「拙者知行所瀬田石村民部沢ト申所先祖共代より
松ノ木
立林置」「少分
鹿角市史 第3巻 上
(0239)
来満街道来満街道は鹿角街道から錦木村
松ノ木
で分岐して、 毛馬内・大湯を通り、 来満山中(旧継立塲を
鹿角市史 第3巻 上
(0240)
『来満街道改修工事禀申書類』秋田県庁所蔵)によれば改修すべき路線は、 起点の
松ノ木
から古川橋付近まで
鹿角市史 第3巻 下
(0199)
大正六年に秋田鉄道の錦木村
松の木
より分岐して、 毛馬内・大湯と通り、 不老倉鉱山を経由して三戸に連絡
鹿角市史 第4巻
(0656)
松の木
の駒形神社は藩制時代は金勢さんと呼ばれて信仰されていた。
鹿角市史 第3巻 下
(0121)
明るい村建設の第一歩として、 懸案の役場新築のため、 敷地を
松の木
に決
鹿角市史 第5巻
(0341)
一·三一不況打開の錦木村民大会が
松ノ木
に開かる。
鹿角市史 第4巻
(0081)
毛馬内駅に往来する自動車の台数………三九〇第四章くらしのしくみ【写真・図】第1図田植の共同作業(
松の
,
木
)………四三〓第2図風張の共同洗い場…四四五第3図小豆沢郷倉の沿革の表示板…四四六第4図本家と檀那寺
鹿角市史資料編 第6集
(0069)
御先拂御同心弐人差出先年御出之節も差出候趣故差出尤玉内之下タ上ミノ方ノ橋造差出外ニ御使者小田島権八町外レ
松ノ
,
木
之上ミへ出し段々咄合承り候処先年御出候節ハ御出迎両人出し候趣御座候先年之御用留見得不申右ニ而済廿八日一
鹿角市史 第5巻
(0424)
同四 ·市内
松の木
·毛馬内から小坂町を経て津軽湯の沢に至る区間が国道二八二号線に昇格
鹿角市史 第3巻 上
(0236)
それまで神田・
松ノ木
間には米代川を渡る橋がなく、 渡し舟による川越えに頼ってきた。
鹿角市史資料編 第5集
(0081)
市左衛門弥三衛門喜三兵衛忠兵衛吉兵衛五人勤中之節〆寛政七年夘六月、 大湯小給所藤岡様より諏方様へ両御知行地
松ノ
,
木
村下タ谷瀬壱ケ所本田七ツ役ノ場使當六月洪水ニ而大破罷成御役人中江御見分願上候所六月廿四日御役人米田貞蔵様汲川織左衛門様瀬川六左衛門様御三人并検断肝入善兵衛殿御立合此方
鹿角市史資料編 第10集
(0018)
大湯江御湯治被成御帰り此元御通行長左衛門江一夜御止宿ニ付、 御帰之節御見送り御使者川又喜八郎被仰付
松ノ
,
木
外れ江罷出御供ノ士江御口上申述候処、 御直答有之候旨申出る。
鹿角市史 第5巻
(0557)
不老倉, 等畑, ほりないまえかわらま えだまつまつばらま んざみわ堀内, 前川原, 前田,
松ノ
,
木
, 松原, 万座, 箕ノ輪, みやのたいみやのたいむらしむらしむらしむらむかいむろ宮野平,
鹿角市史 第5巻
(0533)
299 4534 · 564 · 589 ·590 · 596[
松ノ
,
木
] 4564 · 573[大湯] 4526 · 573· 767123
鹿角市史資料編 第5集
(0025)
、 宝暦九年己卯八月丸館村肝煎孫四郎被参候而被申候ハ兼而被仰間候旦那支配田地当作
松ノ木
村甚五兵衛昨日参稲改
鹿角市史資料編 第5集
(0063)
より年々志不具有之由ニ而右御志ふく銭上ケ来申候一、 安永六酉七月八日十八日両度洪水ニ而冠田ノ下より
松ノ
,
木
下タ〓田地押通シ被流申ニ付塩川様領高や道ノ下タ弥左衛門地善作水堀一成り當分田地ニも不成仕合下モ神田ノ
鹿角市史 第5巻
(0569)
松ノ木
松森山松谷村松山 (村)間名市〔花〕馬伏谷地迷ヶ平〔青森県〕円子村〔岩手県〕丸館万座万才 〔尾〕
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