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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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検索結果 : 69件
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鹿角市史 第2巻 上 (0321)

第一節農業生産力の向上二・花輪横丁三〇軒焼失
鹿角市史 第4巻 (0611)

この集りは時中断した時期もあったが、 その後復活し現在は横丁・新町・六日町などのほか、 他町内でも,明治二十六年に作られた、 横丁町内のお日待の規約は
鹿角市史 第2巻 下 (0052)

当然中野氏家中の居屋敷区域と同心丁は除外され、 ほかに中野氏給所肝入支配下の横丁、 川原町、 今泉,、 中小路の四丁は「横丁ニハ商人職人町続故住居ハ仕り候得共、 外三丁ハ手間取百姓斗罷在候」として除,この時引渡しの御町の総家数は二八七軒、 ほかに横丁以下四丁の家数九八軒と書上げられている。
鹿角市史 第3巻 下 (0651)

六日町間)、 三〇年の竿三期(六日町~新田町間、 大町~新町袋丁角間)、 三一年の第四期(袋丁角~横丁中央間,)、 三二年の第五期(横丁~下夕町間、 新町~旭丁中央間)と進められて行った。
鹿角市史資料編 第24集 (0046)

堀合坂御上り、 御帰路ニて大坂より後家口江御廻、 善徳寺ノあわい作場通より下町へ御退ケ、 直ニ石橋より横丁,へ、 直ニ御本陳へ御帰りニ相成ル、 大湯へ八ツ半ノ御供揃ニテ御発駕ニ相成ル、 御通り筋ハ横丁より,御蔵奉行和井内寛平、 御下役西野藤右衛門、 御給人不残出ル、 手前ハ御本陳奉行ニて、 御出之砌も御帰り之砌横丁之角
鹿角市史 第2巻 下 (0073)

花輪の検断について若干の推移をたどると、 天明三年「谷地田町儀兵衛、 新町武兵衛、 横丁源助」、,即ち上通りには中島藤右衛門、 中通りには折戸市郎右衛門、 下通りに横丁に村山某等であった」と表現している
鹿角市史資料編 第4集 (0064)

相成不申候御飯御上可被申と安平様申上候而御同道ニ而忠助様江罷上り直々私宅江罷帰り候右御尋ニ付御答奉申上候己上正月横丁理七,〇宿老検断三人乍恐口上書ヲ以奉申上候事私義當二日晩吉田熊次郎様御迎ニ横丁之亀之助宅江参処立山村太様江御出被成候趣右訳,而御内義殿江申上候而尚又村太様御宅江熊治郎様御迎参候処御居合無御座候故其儘罷帰り申候所忠助様三ケ田安平様村太様江御出被成候故御迎ニ可罷出旨被申付候間相走参候処横丁之角
鹿角市史 第2巻 上 (0320)

・一七毛馬内かや町六軒焼失・二〇狼(不老)倉銅山大雪崩のため千軒全滅といふ(『三歳異変』)五・六花輪横丁
鹿角市史 第3巻 上 (0206)

るせっかくの分署は二二年類焼によって焼失、 やむなく下小路田中留五郎宅、 五軒町藤原留士郎宅、 横丁高橋新八郎宅
鹿角市史 第3巻 上 (0201)

夜の提灯行列は、 前の遼陽勝利の時にならい新田町集合、 ここから横丁を先頭に町の順序によって列を整,役場の高張一対、 次は楽隊を客馬車にのせ人足にひかせての奏楽続いて大灯籠を立てた三六会の面々、 横丁
鹿角市史資料編 第4集 (0066)

類忠助安平相尋横丁理七相尋何茂答書取上差上申候熊治郎儀ハ診察書之通深手ニも無之故呼出相尋候処不當之申出,り申候迚茂此通ニ而ハ存命茂無覚束又主人江茂申訳之ない為覚語を極め自分之刀取り追懸候得共二日之夜之事故横丁川原町之出口
鹿角市史 第3巻 上 (0217)

流失三四・一二・二四大湯小学校全焼二六・七・二〇大雨、 福士川氾濫し、 花輪町袋丁、 組丁、 横丁
鹿角市史資料編 第6集 (0014)

一昨日態飛脚立遣候ニ付金五両かたくり五斤仕送ル御用状御言掛り新蔵へ渡右へ寛平相扣願差越一、 廿八日花輪肝入横丁熊之助被仰付候旨其筋,付此段申上候以上五月関六蔵印御用人衆中折戸市郎右衛門御用人岩舘源治一、 三日下役池田源助殿江市郎右衛門参り此度元知行所御取戻被下署候ニ付仮肝輿横丁熊之助三
鹿角市史 第2巻 上 (0425)

摘発を受けたのは一、 元酒六斗内七升五合不足横丁半一、 同八斗同利一、 同九斗内壱斗三升不足同宮之助伊四郎印治兵衛印茂助印酒屋年行事徳蔵
鹿角市史 第4巻 (0159)

馬ソリに積んで組丁・横丁を下ってくる賑やか第11図氷の積出し(『思い出のアルバム・鹿角』から.
鹿角市史 第4巻 (0174)

来満御道は本町から横丁を曲り萱町に続く町口には、 十五人御同心丁が置かれていた。
鹿角市史 第4巻 (0750)

一日目が本町通り、 二日目五軒町、 三日目上町、 四日目中町、 五日目下町、 六日目が横丁
鹿角市史資料編 第5集 (0084)

不申候故印置不申置七月十七日仁叟寺之稲荷様御位私宅御寺江御出之節行礼ハ當処月山様之御発礼同様誠ニ面白事ニ手前ニてハ赤飯を盆ニ仕へ参り候人数へ不残仕へ候事御通り筋共横丁廻
鹿角市史 第2巻 上 (0399)

源五郎かうし、 横丁助四郎、 太郎兵衛かうし、 中西内膳此ノ四人の外酒作、 かうし仕間敷こと。
鹿角市史 第5巻 (0565)

用ノ目小沼横合 〔尾〕横丁〔毛〕横丁 〔花〕四ツ谷〔平元〕四ツ谷〔山根〕横手横町〔花〕横渡り米内沢〔北秋田郡
鹿角市史 第2巻 下 (0053)

一九六日町六三五五谷地田町九四六三沢口一七二四大町四〇二九中町-四六新町三七三六関向四一四三袋町六一五横町四一一一横丁四二二九今泉一六一四中小路九一三川原町三一二三小清水上三
鹿角市史資料編 第32集 (0040)

急度御返上為仕可申候、 為念之請人加判手形ノ上相違無御座候以上延享三年寅十二月六日延享三年寅十二月六日銭借主横丁善六
鹿角市史資料編 第9集 (0067)

為端午御祝儀御廻肴左之通奥御用部屋御物書喜八一、 鱈一折御会所場横丁斎藤純作殿酒五升、 同断三戸丁古澤文右衛門殿同断
鹿角市史 第5巻 (0299)

七·二〇大雨、 福士川氾濫し花輪袋丁、 組丁、 横丁など浸水し川の状態となる。
鹿角市史 第5巻 (0338)

鹿角時報四 ·花輪町のコミセ撤去が初めて横丁県道に実現す六·二九郡種牛馬区主催の第一回農耕馬競馬会
鹿角市史 第4巻 (0171)

これら在町は花輪・毛馬内では御町といわれ、 花輪では横丁・新町・大町・谷地田町・六日町と、 鹿角街道
鹿角市史 第4巻 (0205)

また横丁からは特別な出し物として大神楽が出た。
鹿角市史 第4巻 (0311)

花輪横丁婦人会)
鹿角市史 第4巻 (0739)

戦後に下小路の大神楽は、 笛吹きの死亡により中止となっているご神幸は里宮から下町-横丁-萱町-南-城
鹿角市史 第3巻 下 (0173)

活動援助をしようというものであった(青年乃鹿角、 大一二・五・一五付○花輪町にも大正末に設立された横丁災防応援団
鹿角市史資料編 第21集 (0017)

一、 家一軒佐藤祐市地名代長丁長助覚但し表口五間ニ裏行三間半〓同田館五兵衛地名代長下上横丁与兵衛表口弐間半
鹿角市史 第5巻 (0153)

同一〇·二九花輪町、 町奉行宿老検断立合の上川原町横丁中小路今泉中野家来屋敷同心丁を除くほか
鹿角市史 第5巻 (0141)

五 ·六花輪横丁町裏中小路より出火、 焼失六七軒潰家同雑書二軒。
鹿角市史 第3巻 上 (0261)

上野・小沢田・火附森・館盆坂兎二区(下花輪)新町・横町・組丁・下タ町・川原町・仲小路・下堰向・中嶋・横丁
鹿角市史資料編 第16集 (0066)

八月六日検断処横丁茅町七月六日御差紙ニて名代西村小太郎出候所、 釵炮取立之次第書上可申旨御達御座候ニ
鹿角市史資料編 第16集 (0094)

四月十日検断処横丁茅町毛馬内町后安右之者近年物價高直殊ニ昨年は非常之凶作ニ而、 貧究之者疾病ニ相掛候而茂薬用及兼
鹿角市史 第5巻 (0166)

一二·三一花輪横丁より出火、 家数三〇軒焼失す。 同同同 同150
鹿角市史 第5巻 (0379)

この年大湯定時制分校は旧町役場庁舎を改造移転した鹿角時報同花輪町の舗装工事第五期(横丁·下夕町間
鹿角市史 第3巻 下 (0753)

化輪ばやしの屋台は豪華絢爛と形容されるが、 横丁の「須佐男命」、 旭町の「南祖坊と八郎太郎」、
鹿角市史 第2巻 上 (0387)

その頃横丁にも数軒の鍛冶屋があったといわれ、 現在鹿角の鍛冶業の多くは花輪日向屋敷に源をもつ山崎市五郎系
鹿角市史資料編 第4集 (0050)

榮千代殿御儀就御虚弱是造公邊御届不被成候此節御丈夫被為成候間此度御届被仰上候段江戸より申来之右御沙汰書一統江申觸させる一、 川村寛平横丁佐助表屋借宅致引移候旨一統江申觸候様御用人江達二月之右
鹿角市史 第5巻 (0220)

六·一六毛馬内横丁打物師吉五郎贋金銀細工の処、 盛岡より探索に参りし徒目付并に同心等により
鹿角市史 第4巻 (0448)

その後、 交通機関として自動車が多くなるにつれ、 狭い道路が話題となり、 花輪横丁のヿモセが昭和四年
鹿角市史 第3巻 下 (0288)

また多年の懸案であった小店)撤去が、 昭和四年県道拡張工事に〓よって、 横丁に初めて実現した。
鹿角市史 第4巻 (0671)

花輪の横丁で行われていた日待講では、 幸稲荷神社へ九月十九日の夜に参拝し、 当番宅で掛軸を中心として
鹿角市史資料編 第6集 (0006)

相得候間此段御訴申上候以上二月廿三日大里善九郎印御用人衆中一、 廿九日川村寛平川村数右衛門より口上書左ニ口上之賞私共無調法之不如意ニ付横丁理七江同丁和助女房
鹿角市史資料編 第6集 (0075)

御用人衆中右之通御用人六兵衛取次出し候実ハ横丁ノ勘六二男之よし右養弟声直廣志養子ニ遣度趣内々申出(〓外
鹿角市史資料編 第5集 (0094)

屋代名也伊兵衞御徒目付上下共若松利兵衛より前四代目ニ當ル利利左衛利左衛門左衛門宅盛ノ二男権兵衛事ナリ下モ町岩城屋此跡ハ現今横丁
鹿角市史資料編 第4集 (0056)

御小納戸本役兼物書岩館源治表御使川村三治御新田懸被仰付御用人當番江書付を以申達之御請申出る一、 横丁佐助御新田肝入本役被仰付御新田懸大里武助江書付
鹿角市史資料編 第12集 (0094)

、 新町久太郎、 大町横丁検断当分被仰付候ニ付、 為御訴罷出御役所江申上候処御応対御挨拶被成遣。
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