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鹿角市史資料編 第10集
(0062)
口上之覚花輪通御代官所三ケ田村川部村ニ而南部御名
毛馬内九左衛門
知行高並御蔵給所共畑返披立願上候ニ付、,卯四月
毛馬内九左衛門
内黒澤徳右衛門瀬田石茂南部御名内関村六左衛門小田嶋権八大里秀助荒木田金左衛門殿荒木田金左衛門殿御検地方柴内源次郎殿平原村人殿御代官太田郡左衛門殿乍恐御答奉申上候事,〓花輪通御代官所三ケ田村川部村ニ而南部御名様
毛馬内九左衛門
様畑返披立御願被成候ニ付、 堰代御引高被成下置度奉願上候処此度御改被成下置候,慶応三年四月夏井村老名市助権兵衛六助長牛村金兵衛作十郎三ケ田村重肋武治右衛門川部村老名喜右衛門川部村六肋惣助池田与次郎知行所肝入五郎助
毛馬内九左衛門
知行所肝入藤四郎南部御名知行所肝入卯之助夏井村御蔵肝入丑之助三
鹿角市史 第2巻 上
(0529)
以上寛永廿年六月晦日
毛馬内九左衛門
石井伊賀守楢山五左衛門石亀七左衛門白根金山青山庄左衛門〓(雫石・青山家文書,慶安二年己丑十二月廿三日
毛馬内九左衛門
判、 白根金山中切支丹宗門ノ御改め、 数年ノ如く仰付けられ候間,仍て証文件の如し慶安二年己丑十二月廿三日
毛馬内九左衛門
判石井伊賀判青山庄左衛門〓
鹿角市史 第2巻 上
(0247)
『秘記』に「
毛馬内九左衛門
存命ノ時分願い申され候花輪ノ城、 三左衛門義病気、 弥次郎幼少ニ付て九左衛門願,それまで
毛馬内九左衛門
の跡、 鹿角花輪にて本給人山見古人はいずれも出石源兵衛、 臼井仁右衛門、
鹿角市史資料編 第10集
(0009)
其後右畑返御調場所之内
毛馬内九左衛門
殿并拙者江本地之分被下置候。,
毛馬内九左衛門
二月廿五日
毛馬内九左衛門
三戸式部花輪図書南部御名殿向井外記右之通被為仰蒙候旨申来。
鹿角市史 第2巻 上
(0067)
明暦三年(一六五七)八月
毛馬内九左衛門
を毛馬内城から移し、 毛馬内城には閉伊より桜庭兵助を入れ、,
毛馬内九左衛門
は桜庭兵助と共に、 承應元年以来藩の中枢にあって家老職を勤める重鎮であった篤焉家訓』「
鹿角市史資料編 第1集
(0103)
而同処江罷越候御同心仙臺之藩中同宿二而居合内壱人座敷より迯出候而庭之内に忍居候処人違ニ而被打果折節御加判
毛馬内九左衛門
殿久保田,ニ而右御同心人違二而被打果候事内分ニいたし九條殿御内之事ニして葬式いたしとの事ニ候一、 七月十一日
毛馬内九左衛門
殿橋場越
鹿角市史 第2巻 上
(0487)
寛永廿年六月晦日
毛馬内九左衛門
判石井伊賀守判楢山五左衛門判石亀七左衛門判(鶯宿青山氏文書)〓白根御金山銅平間符壱口
鹿角市史資料編 第31集
(0029)
候鏈四ケ一ハ大工堀子分、 残処半分ハ山主分同半分ハ上リ鏈二候也石井伊賀守判慶安元年霜月廿日石井伊賀守判
毛馬内九左衛門
判越後太郎右衛門白根御金山本平
鹿角市史 第2巻 上
(0402)
以上寛文七年八月廿八日奥瀬治太夫一奥瀬治太夫印
毛馬内九左衛門
殿右のように寛文七年花輪の酒屋数は七軒と急増
鹿角市史資料編 第16集
(0073)
四月
毛馬内九左衛門
殿儀加判御役被仰付候旨申来候間、 此旨可被得其意候以上。
鹿角市史資料編 第21集
(0101)
猶
毛馬内九左衛門
可申候。 謹言五月六日㊞南部監物殿右御内書弐通、 竹之間詰より相達。
鹿角市史資料編 第32集
(0033)
其方毛馬内拠人役、 就被仰付候被下候、 全知行無油断可相勤もの也宝永二年奥瀬内記十月五日漆戸主膳
毛馬内九左衛門
桜庭十郎右衛門中野吉兵衛祖父義左衛門幼少名石田庄之助方右
鹿角市史 第2巻 上
(0078)
明暦三年八月、 花輪村エ
毛馬内九左衛門
知行替、 九左衛門跡地毛馬内村エ桜庭兵助知行替、 毛馬内靱負知行所
鹿角市史 第2巻 下
(0404)
花輪の神明社は萬治二年に「本堂井拝殿修覆奉り候、 願主
毛馬内九左衛門
様御寄進下され候、 尤御家来佐羽内与惣右衛門殿之
鹿角市史 第2巻 上
(0500)
先達御定之通、 掘出し候鏈四ケ一ハ大工掘子分、 残処半分ハ山主分、 同半分ハ上り鏈ニ候也石井伊賀
毛馬内九左衛門
慶安元年霜月廿日石井伊賀太郎右衛門
鹿角市史 第2巻 上
(0502)
漆戸勘左衛門判桜庭兵助判
毛馬内九左衛門
判青山庄左衛門(『青山家白根史蹟』)大意は、 牛沢金剛坊間府など
鹿角市史 第2巻 上
(0513)
〓はそれを受けて藩家老桜庭兵助、 青森県奥瀬治太夫、
毛馬内九左衛門
、 八戸弥六郎連署の上出された
鹿角市史資料編 第10集
(0061)
下役吝藤金弥殿、 御物書阿部忠右衛門殿御立合、 夏井村堰根口より御改ニ相成翌日屋敷地御改相済、 尤
毛馬内九左衛門
様
鹿角市史資料編 第20集
(0083)
以上八月十一日塩川八右衛門
毛馬内九左衛門
十三日殿様例刻御登城被遊、 御供御平常之通。 御鑓
鹿角市史 第5巻
(0113)
庶民のなかに笹の実を餅にして食すものありという一二月楢山五左衛門 ·
毛馬内九左衛門
藩家老となる
鹿角市史 第5巻
(0074)
花輪城は
毛馬内九左衛門
長次の預かりとなる。 毛馬内城は桜庭兵助が御境警衛と共に預かる。 58
鹿角市史 第5巻
(0076)
この年 花輪神明社本堂·拝殿
毛馬内九左衛門
の寄進により修復する。 別当黒沢一井。
鹿角市史 第5巻
(0082)
七·二二
毛馬内九左衛門
長次、 花輪城にて没す。
鹿角市史 第2巻 下
(0418)
毛馬内三左衛門直次が大湯より毛馬内へ知行替となった時、 雲龍山寳珠寺も毛馬内に移り、 明暦三年(一六五七)
毛馬内九左衛門
長次
鹿角市史 第2巻 上
(0062)
花輪城は家老
毛馬内九左衛門
長次(一、 三〇〇石)の預かりとなり引渡されることになった。
鹿角市史 第2巻 上
(0128)
翌年八月藩士の知行一、 八月十五日南部左衛門佐様御領分に成候此方御給人六十人に替地被下、 百姓小高書於御城
毛馬内九左衛門
申渡
鹿角市史資料編 第22集
(0048)
六月十七日於御前可被仰渡候所、 御痛所ニ付於御席御用番
毛馬内九左衛門
様達之。
鹿角市史資料編 第22集
(0013)
二月廿二日宗門御改御用所南吉兵衛殿南監物殿向井外記殿花輪図書殿三戸式部殿
毛馬内九左衛門
南銑次郎殿南左近殿南主水殿南廉次郎殿桜庭祐橘殿楢山佐渡殿桜庭十郎右衛門内堀若狭殿下田将監殿大湯飛脚長助着
鹿角市史資料編 第21集
(0034)
一、
毛馬内九左衛門
加判御役被仰付候旨、 御徒目付辻村春治達之旨申出。
鹿角市史 第5巻
(0067)
領内産の紫根、 藩の専売品として、 八日町山形屋三郎兵衛仙台領へ発送する九月 鹿角の境界争論につき
毛馬内九左衛門
鹿角市史 第5巻
(0058)
市中疫病流行につき町々から千人でて疫病神送りをする一二月一六日改元正保となるこの頃藩家老に楢山五左衛門、
毛馬内九左衛門
鹿角市史資料編 第10集
(0110)
、 酒弐升栗山新兵衛殿一、 海鱒壱本一、 こい一折〆一、 酒弐升関壽助臥廿八日長年寺一、
毛馬内九左衛門
様
鹿角市史 第2巻 下
(0567)
また『秋田県史』によれば、 この事件を七月四日のこととし、 誤殺されたのは南部使者
毛馬内九左衛門
の
鹿角市史 第2巻 上
(0299)
また盆地南部の三ケ田周辺の田地を広範に潤している三ケ田堰は、
毛馬内九左衛門
の水利事業と伝えられる。
鹿角市史 第2巻 上
(0246)
八月、 毛馬内城代として毛馬内境を押えていた
毛馬内九左衛門
長次が花輪へ知行替となり、 毛馬内へは桜庭兵助光英
鹿角市史資料編 第25集
(0067)
右馬御用ニ入候条此状参着次第牽手相添為相詰可申候以上九月世三日御役屋小平村肝入南部監物殿儀伊豫と、
毛馬内九左衛門
殿儀讃岐
鹿角市史資料編 第21集
(0038)
以上五月朔日冨田哲南部弥六郎殿南部監物殿向井外記殿楢山佐渡殿花輪図書殿三戸式部殿
毛馬内九左衛門
殿役人中五
鹿角市史資料編 第30集
(0071)
申達候条堅く相守可申事但難落着儀有之におゐてハ銘々無腹臓御本陣へ可申出事九月一筆申遣候南部監物方伊豫ト
毛馬内九左衛門
方讃岐
鹿角市史資料編 第29集
(0081)
石川渕江為交代今七ツ時登山、 尤向触着否御案内差遣候得共差掛り御出ニて、 笹小屋外れ迄参候処御出被成候、
毛馬内九左衛門
殿秋田江御用有之御越被成候処
鹿角市史資料編 第10集
(0063)
乍恐御答奉申上候事花輪御代官所三ケ田村川部村ニ而南部吉□様
毛馬内九左衛門
様畑返御願被成候。
鹿角市史 第2巻 下
(0051)
明暦三年(一六五七)八月
毛馬内九左衛門
長次が知行替をもって花輪城に移った。
鹿角市史 第2巻 下
(0057)
この前々年
毛馬内九左衛門
が花輪へ村替となり、 桜庭兵助が閉伊より毛馬内に入った。
鹿角市史資料編 第8集
(0137)
廿九日一、
毛馬内九左衛門
儀加判御役被仰付候。
鹿角市史資料編 第10集
(0070)
慶應三丁卯年五月南部主水印在江戸
毛馬内九左衛門
三戸式部印花輪図書印南部監物印南部吉□殿右之通御沙汰ニ付御高懸江相達
鹿角市史資料編 第12集
(0019)
南部監物様御使者南部弥六郎様御使者南部主水様御使者
毛馬内九左衛門
様御使者南部左近様御使者永福寺御使者内掘若挾様御使者漆戸甚左衛門様御使者藤枝織之助様御使者奥瀬源助様御使者野田丹後様御使者右
鹿角市史資料編 第21集
(0035)
殿様御登城掛、
毛馬内九左衛門
様江御役成之為御挨拶、 御出被遊誠一郎様石川渕殿江御出被遊、 御供御平日之通
鹿角市史資料編 第33集
(0022)
御造作被成御帰御残多奉存候、 花輪より返事於是不参候、 就其松山ノ長兵衛昨日拙者方へ参候テ申候ハ、 先年
毛馬内九左衛門
様大掛御知行
鹿角市史資料編 第10集
(0069)
慶應三丁卯歳五月南部主水印在江戸
毛馬内九左衛門
三戸式部印花輪図書印南部□殿南部監物印右小高帳当月十一日御奉書
鹿角市史資料編 第12集
(0015)
一、
毛馬内九左衛門
様より御安着御歓として、 御使者を以て仰せ遣され、 御使者斉藤直吉上下着用ニ
鹿角市史資料編 第10集
(0143)
一、
毛馬内九左衛門
様、 毛馬内廻ニ而爰元江今日着ニ付、 小坂江遠御迎として御使者被遣候所、
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