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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史 第5巻 (0057)

奥羽境論記寛永一七 四月 江戸城本丸完成家光西(一六四〇)丸より移る五· 七切支丹山狩事件の責任から毛馬内権之助家士三人,五· 五毛馬内権之助永福寺にて没し竹沢内匠追腹す。
鹿角市史 第2巻 上 (0240)

翌年五月七日盛岡光台寺で毛馬内権之助の家人三人嶋内玄蕃(介錯人沼野作助)・和田五郎左衛門(同佐羽内仁兵衛,責任者としての毛馬内権之助政氏は、 盛岡永福寺へ入寺しやがて病死している。
鹿角市史 第5巻 (0049)

郷村古実伝記天正一九 九戸政実の乱起こる信直方の九戸包囲陣のなかに毛馬内権之助、 同三左衛門、 大
鹿角市史資料編 第23集 (0045)

毛馬内通御代官処之内館ト唱居候所ニ何某住居之跡何館ト申儀書上可申之旨、 御沙汰二付吟味之上右之通書上覚一古館右者先年毛馬内権之助住居罷有候由申伝,付左之通書上仕候一御館毛馬内慶長二年より普請同三年ニ引移右者右馬頭政康公御五男靱負佐秀範様より御二代目毛馬内権之助政次様御代慶長年中
鹿角市史 第2巻 下 (0391)

祭礼は六月一三日は、 毛馬内城主毛馬内権之助が寄進したもので後に藩主南部重信が安堵しているで、 御守
鹿角市史 第5巻 (0054)

この年大坂冬の陣に大光寺彦十郎家士七六人、 大湯彦六同五六人、 毛馬内権之助同三六人率い参陣す。
鹿角市史 第1巻 (0576)

三戸御在城之節館持ノ内、 古館之事として、 一、 花輪大光寺左衛門一、 長内長内弥五郎一、 毛馬内毛馬内権之助一
鹿角市史 第2巻 下 (0425)

本尊阿弥陀如来台座には「開基寛永五戊辰載卯月八日領主毛馬内権之助殿時代」と墨書されている。
鹿角市史 第2巻 下 (0429)

廣増寺は月山神社の別当寺として建立されたもので、 毛馬内権之助より(月山
鹿角市史 第2巻 上 (0234)

ノ通ニ候処」慶長一〇年の頃から秋田領の者が右の境を越え猥りに入込んで草木を剪取るので、 毛馬内城主毛馬内権之助
鹿角市史資料編 第23集 (0053)

寛永四年松山大欠之者共十文字長根ニ而萱苅取置候処、 他之者共大勢参候而右萱焼捨両村御百姓共馬鞍被取押候節、 毛馬内之領主毛馬内権之助様御家来原田右近山口小右衛門
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