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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史 第2巻 上 (0042)

奥州では)伊達氏以外にて最も早く秀吉に使を送りし者は南部信直、 津軽為信の二氏なりとす。,(天正)十八年二月二十七日津軽為信は遂に駿河に上り、 秀吉の東征を待ちて沼津に謁し、 津軽一郡安堵,(中略)同十八年南部信直(は)其子利直と共に小田原に至りて秀吉に謁し、 津軽為信、 九戸政実二氏の
鹿角市史 第5巻 (0053)

慶長一二(一六〇七)一二月津軽為信没するこの年利直第七子彦八郎利康誕生すこの春 藩主利直の領内巡視あり
鹿角市史 第2巻 上 (0041)

『津軽記』には「天正十七年豊臣秀吉公へ(津軽為信は)八木橋備中里宣を差遣はされける。
鹿角市史 第2巻 上 (0043)

しかるに豊臣秀吉は、 同政権に参じた者に本領を安堵する立場であり、 津軽三郡はすでに津軽為信に安堵
鹿角市史 第1巻 (0552)

嚮導として三月下旬南部を発し、 兵革の時節故所々道を避て田子より浄法寺に出、 鹿角比内を歴る所に津軽為信
鹿角市史 第1巻 (0572)

については、 『浅瀬石家譜』によると千徳一戸氏の出で津軽浅瀬石村において高八千石を領し、 天正十九年津軽為信
鹿角市史 第5巻 (0676)

515 · 516 2上8· 15 · 16 · 20 →津軽為信大江
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