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鹿角市史 第2巻 下
(0262)
第四節山村の生活山村の姿奥羽山脈の山懐ろに抱かれた鹿角には、 米代川やその支流の大湯川、
熊沢川
などの,例えば宝暦元年(一七五一)の大飢饉にあって、
熊沢川
流域の湯坂・シゴ・桂仮戸・ハツカミ沢・横欠・ヒナクボ・,み』同刊行会
熊沢川
の上流は、 古くから谷内かっちと呼ばれてきた。,この谷内かっち「杜陵方言考』には、
熊沢川
にそうて赤平、 蛇沢、 熊沢、 水沢、 坂比平、
鹿角市史 第4巻
(0092)
明治二十二年、
熊沢川
をはさんで東側の宮麓村、 長谷川村を合わせて宮川村となり、 西側の松谷村、,
熊沢川
の流域は奥深い山岳地帯で、 かつてのマタギ集落の面影を残す山村が点々と続いている。
鹿角市史 第3巻 下
(0611)
また八幡平村発足後まもない三二年
熊沢川
筋土地改良区が設立され、 灌漑用水を
熊沢川
から取水する碇地区の
鹿角市史 第1巻
(0170)
熊沢川
の支流・夜明島川は八幡平山系の三ツ又森や、 二方高など一〇〇〇メートル以上の高山から源を発して
鹿角市史 第1巻
(0156)
ここからさらに、 キタブヨウやアオモリトドマツの混生するみごとな渓谷の原生林を眺めながら、
熊沢川
鹿角市史 第2巻 下
(0308)
鹿角側は深、 坂比平から
熊沢川
に沿うて夏井に出、 長牛、 桃枝を経て巻山峠を越え、 比内大葛に
鹿角市史資料編 第10集
(0009)
随而花輪通御代官所三ケ田村御蔵入高之内畑返御取行之趣ニ而、 先年
熊沢川
より上水新堰又ハ古堰幅掘廣御普請被仰付候処,依之不苦御儀御座候ハゝ別紙絵図面之通同通夏井村三ケ田村古堰代幅掘廣、
熊沢川
上水を以花輪村三ケ田村ニ
鹿角市史資料編 第10集
(0051)
一、 畑返被仰付御奉書写御手前儀花輪通御代官所三ケ田村御蔵入高之内畑返御取行之趣ニ而先年
熊澤川
より上水新堰又,ニ付、 両人申合知行高並入込居候御蔵給所高共畑返田形ニ披立之儀、 同道夏井村三ケ田村古堰代幅掘廣
熊澤川
上水
鹿角市史 第4巻
(0116)
沢から流れだす川は盆地中央で大湯川、 小坂川、 間瀬川、 不動川、 福士川、
熊沢川
、 夜明島川
鹿角市史 第3巻 上
(0218)
五二戸焼失、 大湯村役場類焼四〇・月日不詳米代川流域(花輪町・曙村・宮川村・錦木村・毛馬内町)及び
熊沢川
流域
鹿角市史 第1巻
(0485)
谷内館は
熊沢川
に沿い母衣部越え・仙北越えの要路を扼し、 長牛館(城)は巻山峠越え比内大葛に通ずる夜明島川
鹿角市史 第5巻
(0144)
この年 大飢饉により
熊沢川
流域の湯坂·シゴ·桂仮戸·同 同ハツカミ坂·
鹿角市史 第4巻
(0403)
狩場は鹿角盆地の中でもカッチといわれる大湯川沿いや
熊沢川
沿いに集中した。
鹿角市史 第1巻
(0218)
火砕流の第二次、 第三次堆積物が多いが、 花輪以南のV字形の平地は、 八幡平方向から流れる
熊沢川
鹿角市史資料編 第27集
(0043)
向境中田谷地長嶺関境ニ杭立、 中田谷地側ニ有南ノ方四戸領喜兵衛持地作之助持地より小田嶋徳弥領同人持地横手
熊澤川
端迄郷境
鹿角市史 第5巻
(0372)
二一·毛馬内外二ヵ町村上野平土地改良区設立される秋田県土地改良史三 ·
熊沢川
灌溉曙地区
鹿角市史 第5巻
(0378)
八幡平
熊沢川
筋土地改良区が設立された。 一花輪郵便局、 普通局に改定となる。
鹿角市史 第5巻
(0399)
七· 九八幡平村谷内橋 (
熊沢川
)の竣工式が行われた北鹿新聞同同 同鹿角タイムス383
鹿角市史 第2巻 下
(0275)
次に飢饉の惨状があり、 人は半分、 馬は三分二も餓死し、 死体の処理に困って
熊沢川
の川原に捨てたこと
鹿角市史 第2巻 上
(0674)
、 新苅分帝尺森夜明嶋通峯境、 大黒森大羽平峯続、 御境通百間相除キ御山附ノ積り一、 南ノ方
熊沢川
目
鹿角市史 第3巻 下
(0348)
発電所尾去沢鉱山の発電所は、 明治三一年二月宮川村に
熊沢川
からの引水による永田発電所を建設、 出力一五
鹿角市史 第1巻
(0659)
この台地の東西を
熊沢川
と夜明島川がほぼ北流し、 やがてどちらも米代川へ合流している。
鹿角市史 第5巻
(0306)
この年 米代川·
熊沢川
流域で水害、 堤防·道路の決壊、 田子町史秋田県医師会史橋流失
鹿角市史 第4巻
(0126)
の支流に大湯川、 小坂川、
熊沢川
などの大川があり、 中小の河川としては間瀬川、 不動川、
鹿角市史 第4巻
(0540)
違反した者に対する罰則としては、 鮫皮のマスクを三分間あてさせるとか、 裸にして
熊沢川
へかつぎ出し
鹿角市史 第5巻
(0350)
日本化学工業宮川硫黄山、 焼山で採掘し赤川で製煉を行うため、
熊沢川
鉱毒問題が発生す。
鹿角市史 第4巻
(0452)
米代川の舟運鹿角盆地にはその中央を流れる米代川をはじめ、 大湯川、
熊沢川
、 福士川などの河川が
鹿角市史 第4巻
(0472)
)川流し米代川・
熊沢川
・夜明島川・江戸川などの米代川水系や大湯川などは、 木材の流送や春木流しに利用
鹿角市史 第3巻 下
(0376)
同一一年、 日本化学工業経営の宮川硫黄山は、 焼山から硫黄鉱を赤川に運搬して製煉を行い、
熊沢川
鹿角市史 第3巻 上
(0235)
なお米代川は
熊沢川
合流地点まで地方税支弁河川となった。
鹿角市史 第3巻 上
(0331)
本来郡南宮川村を広く潤すべき筈の
熊沢川
は、 焼山と蒸ノ湯付近の硫黄鉱山開発にともなう毒水を含むことによって
鹿角市史 第1巻
(0460)
この鹿角路は、 おそらく米代川上流の兄畑から兄川の谷を遡り畏部越えして
熊沢川
の谷へ出たのであろう。
鹿角市史 第4巻
(0102)
また明治の初めに開・れた熊沢硫黄山が
熊沢川
の水質を悪化させたため、 新たに谷内用水が改修されて、
鹿角市史 第3巻 上
(0246)
県ではこれに答え、 翌年規則の改正を行なって米代川の限界を
熊沢川
合流地点まで遡ることとした。
鹿角市史 第4巻
(0541)
直ちに中座に引張り出し、 裸褌一貫にして木戸に乗せ、 さんだらをかぶせ、 ざんばらを巻かせ
熊沢川
鹿角市史 第4巻
(0427)
げ、 刻印によって分けて積み上げた後に、 マチや鉱山の人たちに売った八幡平では米代川・夜明島川・
熊沢川
鹿角市史 第2巻 上
(0299)
岩崎上ミ初め
熊沢川
・夏井川落合付近(")から取水し大久保辺まで延びていた小堰を、 更に幅を
鹿角市史 第2巻 下
(0370)
熊沢番所黒沢番所は、
熊沢川
の上流熊沢部落の現県営八幡平発電所の近傍に所在していた。
鹿角市史 第4巻
(0099)
八幡平地区の三ケ田堰は始め
熊沢川
に夏井川が落ち合う付近から取水された小堰が大久保あたりまで延びていたといわれ
鹿角市史 第4巻
(0125)
米代川の支流を形成する大湯川や
熊沢川
の上流の集落は俗にカッチといわれ、 ブナなどの原生山での採石松館石
鹿角市史 第3巻 上
(0470)
明治三一年二月、 宮川村
熊沢川
ぞいに永田発電所を建設、 出力一五〇KVA、 送電々圧五、 一二
鹿角市史 第2巻 下
(0309)
この山道は
熊沢川
の峡谷に沿って遡り、 大場谷地に出て鹿湯)、 五十曲を経て玉川上流の谷につ温泉ながる
鹿角市史資料編 第2集
(0127)
木材の大部分は
熊沢川
、 米代川の川流しによって集荷され、 今の大堰の取水口のあたりに数十の石倉があり
鹿角市史 第5巻
(0592)
(村)草木川葛岡葛原(村)〔大館市〕久保田〔秋田〕久保田(村)熊沢(温泉)熊沢(村)熊沢硫黄山〔八〕
熊沢川
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