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鹿角市/鹿角市デジタルアーカイブ

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鹿角市史 第1巻 (0263)

鹿角市内における晩期の代表的な遺跡としては、 東在家遺跡(尾去沢尾去字東在家)、 玉内遺跡(八幡平玉内,また玉内遺跡からは壺・注口・皿・浅鉢・台付・香炉形・小形土器など四十点を越える完形土器が出土している。,(浅石勇氏所蔵)玉内出土(海沼寿世氏所蔵)尾去出土
鹿角市史 第2巻 下 (0648)

ノ通配置セラル十二所茂木筑後居館へ戦書持参ノ使者玉内市左衛門関富次郎楢山佐渡本隊附属鉄炮卒杉澤小左衛門関勇八小沼嘉右衛門兼蔵長男西館元治多左衛門長男関忠蔵大里間之助重左衛門長男日沼勇之助権内長男安保貞蔵市左衛門長男玉内茂之助長之助長男野中長次郎熊谷多次郎本陣楢山佐渡附用使熊谷忠太関半吾関多左衛門石井重蔵三上六之丞勇八長男関勇太郎原重内花輪代官所詰用使安保権内日沼重左衛門西館兼蔵野中長之助六之丞長男三上友治中嶋長作傅之助長男野中傅作熊谷重次郎忠太長男熊谷定助和太郎長男工藤文太郎小左衛門長男杉澤駒次郎土深井番所詰工藤弥助根市半治南部吉兵衛附随鉄炮卒工藤和太郎野中傅之助長作長男中嶋多助玉内勝之丞一上金助三上恒右衛門嘉平太長男小沼仙蔵野中善治理右衛門長男熊谷理八総
鹿角市史 第2巻 上 (0284)

改岩熊改湯瀬村三七(二七)内居熊井石通内内内才田三大岩平内小山一一八一一四軒和田大里村六一(五一)内玉内内玉内八追,改軒本村湯瀬村三一(二八)枝石通才田一一四一軒小豆沢村四五(三八)枝碇〓山玉一碇才石一本木一大里村六六(五四)枝玉内一一
鹿角市史 第1巻 (0339)

第45図玉内配石遺構出土土器実測図
鹿角市史 第1巻 (0331)

鹿角における縄文時代晩期の代表的遺跡として、 尾去沢東在家遺跡と八幡平玉内遺跡をあげることができる。,また八幡平玉内遺跡は、 配石遺構を伴う晩期遺跡として、 その出土土器とともに注目されている。,しかし両遺跡とも正式に発掘調査されたものではなく、 東在家は好事家による土器収集の場であったし、 玉内
鹿角市史 第2巻 下 (0009)

(玉内~小豆沢)6通〓田(一ノ渡橋~湯瀬)〓瓦(石通~佐比内)
鹿角市史 第5巻 (0027)

同乳牛、 花輪陣場、 同古館、 同産土神、 尾去沢六角平、 八幡平浦田、 同新城、 同玉内,そのなかで、 昭和三〇年代に明らかになった玉内遺跡配石遺構の存在は、 この地域にひときわ光彩を放つ
鹿角市史 第1巻 (0332)

玉内出土の遺物のうち土器については、 阿部義平氏により実測図が作られ考古学雑誌に報告紹介されている(,北方二〇〇〓ートルには三光塚古墳があり、 東方米代川の対岸には八幡平玉内遺跡がある。
鹿角市史 第1巻 (0576)

長牛長牛弥四郎一、 大湯大湯五兵衛一、 長峰長峰勘解由左衛門一、 柴内柴内六右衛門一、 玉内玉内大
鹿角市史 第5巻 (0399)

一二·花輪高井田線開設に最後まで残った新田町·玉内付近間の用地買収が決まる。,四 · 二九八幡平村玉内、 四棟焼失す。
鹿角市史資料編 第10集 (0053)

くし伏セ三上恒右衛門一、 柱北側三本根継一、 壁北側弐間東側壱間新規所々繕、 屋根漏差くし伏セ玉内勝之丞一,壁南側弐間新規所々繕覚、 戸障子三枚新規原重右衛門一、 同三枚新規熊谷重次郎、 同三枚新規玉内市左衛門
鹿角市史 第1巻 (0577)

○玉内村玉内大炊之助(阿保氏)領、 津軽へ牢人す。
鹿角市史 第1巻 (0601)

館有一、 大里村、 大里上總領知知行高千石本名阿保、 館有、 京都江被遣候上使頭丹治〓一、 玉内村,、 玉内大炊之助領ス本名阿保、 館有、 津軽へ牢人ス一、 花輪村、 花輪次郎領知本名阿保、
鹿角市史資料編 第1集 (0086)

川村新右エ門召連人数御同心日沼重左エ門玉内市左エ門玉内勝之烝三上金助三上恒右エ門一、 十二所台にて働
鹿角市史資料編 第18集 (0061)

御文面左之通野中頼男様玉内庄兵衛様御名以手紙令啓上候。,南部土佐様野中頼男玉内庄兵衛御手紙致拝見候。
鹿角市史資料編 第6集 (0154)

難有仕合奉存候此段宜被仰上被下度奉頼候已上石井金右衛門殿大里多七殿前書之通私共仲間関倉蔵願出候通相麦無御座候間願之通被仰付被下置度乍恐奉願上候此旨宜被仰上被下置度奉頼上候以上正月止月小頭大里多七印同石井金右衛門印工藤要右衛門殿折戸市郎右衛門殿岩館源治殿(欄外)願之通被仰付候旨申達倉蔵病死仕候旨御訴申出口上之賞一、 市郎事玉内勝之亟右之通名改被仰付被下度奉願上候此段宜被仰上被下度奉頼候以上安政七年正月玉内市郎印石井金右衛門殿大里多七殿
鹿角市史 第3巻 上 (0238)

一、 五〇〇円を尾去沢鉱業会社に拠出を求めた記録も残っている(」八年から翌年にかけて、 花輪から玉内,これに対し新道は、 玉内から大里までを直線で結ぶ通称長道と呼ばれる、 国道二八二号線の原形である。
鹿角市史 第4巻 (0527)

大里の枝ムラが玉内と山田、 松館の枝ムラが黒沢などで、 地形によっては谷内のように永田、 根瀬など,小豆沢・大里・玉内は米代川の一ノ渡に頭首工を持つ水利を共有-ている関係で、 合同寄合を持って円滑な利用
鹿角市史資料編 第6集 (0111)

川村与八郎勤番相済今日帰着添状差出右江先月廿八日梅安産御男子様御誕生御健達被届候旨申来一統江申達候様御用人江相達随而右為恐悦呈書を以申上候一、 照井賢蔵義花輪通御代官御免之旨御觸達ニ付向々江申達置口上之覚一、 茂市事玉内市郎右之通名改被仰付被下度奉願上候此段宜被仰上被下度奉頼候以上安政五年九月玉内茂市印石井金右衛門殿大里多七殿右之通差出候間願之通被仰付被下置度奉願上候以上九月小頭大里多七印工藤要右衛門殿同石井金右衛門印折戸市郎右衛門殿岩館源治殿右之通差出候
鹿角市史 第1巻 (0036)

遺跡五縄文時代晩期二八〇1、 尾去東在家遺跡2、 猿ケ平〓遺跡3、 柏木森遺跡4、 明堂長根遺跡5、 玉内配石遺構第三大湯環状列石
鹿角市史 第1巻 (0049)

式図…二一〇第〓図晩期の土器(玉内、 尾去出土)…二一第〓図居熊井遺跡出土の耳飾…二二一第〓図市内の,二八四第〓図明堂長根遺跡土拡実測図…二八五第〓図〃土拡出土土器…二八六第〓図〃遺構配置図…二八六第〓図玉内配石遺構実測図
鹿角市史 第1巻 (0338)

(阿部義平『考古学雑誌』』〓-1・一九五八)〈所在地〉鹿角市八幡平玉内(遺跡概況〉米代川東岸の台地にくい
鹿角市史 第5巻 (0523)

谷内市谷内教会谷内矯風会谷内館谷内用水田の神田ノ沢鉱山駄馬束髪(たばねがみ)旅人改め玉川温泉玉川鉱山玉内遺跡,· 玉内配石遺構ダミッコ509155115463下96~984438 · 4692
鹿角市史 第5巻 (0638)

2962下176玉井文佐久(文作)2下568 · 593玉井 又司2上277玉尾 妙子3下685玉内市右衛門,2下545玉山壱右衛門2下321玉内大炊(之助)玉山 秀親1526 · 527 ·
鹿角市史資料編 第2集 (0085)

同処出立候よし右一条相済候ニ付大里村へ三両小豆沢へ弐両湯瀬村へ三歩水くくり三人江三歩大里村源右エ門壱歩玉内村勝之助壱歩湯瀬村御銅宿弥右,三両大里村弐両小豆沢村三歩湯瀬村弐両徳蔵弐両健之助三歩湯瀬村弥右エ門二歩くくり三人江弐歩大里村源左エ門玉内勝之助右之通被下置候尤右之内表拂
鹿角市史資料編 第12集 (0046)

一、 夜九ツ時生捕之者弐人縄つけ御銅山人足ニ而召連、 才領御同心両人玉内市左衛門玉内勝之丞附添、
鹿角市史 第5巻 (0019)

市内の中期遺跡は、 北部における黒森山麓竪穴住居跡と、 中央部花輪天戸森遺跡から玉内·大里
鹿角市史 第5巻 (0437)

八幡平玉内遺跡から日時計状組石一基、 組石墓九 ·五基などが出土した。
鹿角市史 第5巻 (0562)

はたたけはなたかだたかねたかたまないしたてらやまたまないさわてんじんだてといしたたにないやちた谷内谷地, 田の沢, 玉内,, 玉内下, 寺山, 天神館, 樋の下, ときととちのきかわらとりいたいどうまえうえどう桃枝平
鹿角市史 第5巻 (0022)

八幡平地区の各遺跡は歌内川以北の大里·玉内の後背台地にあって、 殆んど平安時代住居跡との複合遺跡
鹿角市史資料編 第6集 (0066)

善右衛門忌御免之旨相達御請申出候廿一日左ニ見習為仕度人数野中伝之助子石井金右衛門孫傳蔵善蔵藤十右衛門子西村兼蔵子重次郎元治野中長之助子玉内市左衛門子長次郎茂之助大里多七孫三上六之丞子友治伍八友治熊谷善右衛門子作次郎右之通見習願出申
鹿角市史資料編 第12集 (0016)

遠見の者小豆沢と玉内の下タへ出置き、 御迎として関村六左衛門を遣さる。
鹿角市史資料編 第8集 (0024)

戸障子弐枚新規小軽米治兵衛一、 戸壱枚繕一、 戸障子弐枚新規〆野中傳之助一、 戸壱枚繕一、 戸障子弐枚新規玉内市左衛門一
鹿角市史資料編 第1集 (0076)

鉄〓御同心長役川村仙蔵鑓持一人使武者三上金助三上常右エ門玉内勝之而工藤友蔵口付一人鑓持一人口付二人工藤和太郎小沼仙蔵野中善治御馬
鹿角市史 第5巻 (0217)

花輪町史同福岡通小繫村馬喰勘助が毛馬内にて金子三〇両一分を取立ての帰途玉内村下タ道にて強奪された。
鹿角市史資料編 第27集 (0048)

下川原江御出被遊候明治四年辛未四月五日申下刻為念之書印之庄屋甚五平前書御見分向順路左之通兀井上良助新田玉内村下夕赤渕
鹿角市史 第5巻 (0345)

秋田魁新報県の匡救土木事業として柴平村西町東町間の県道工事、 花輪新田町宮川村玉内下間の路面改良工事等
鹿角市史 第3巻 上 (0330)

宮川村は古くから果樹の生産に恵まれ、 とくに玉内の桃、 大里のまるめろ、 小豆沢の柿がよく知れわたっていた
鹿角市史 第2巻 上 (0282)

にあげられていない村名川邊村松山村大掛村寺坂村古川村前者になく、 後者にあげられている村名長内村白欠村玉内村黒土村高瀬村中柴内村折加内村神田村濁川村八幡館
鹿角市史資料編 第10集 (0052)

柱南側三本根継壁所々繕〆一、 屋根漏差ぐし伏セ壁所々繕熊谷重次郎〆一、 屋根惣葺替指取替屋中ほけ新規玉内市左衛門一
鹿角市史 第1巻 (0274)

鹿角市内における埋葬と関連ある遺構・遺物としては、 大湯環状列石や玉内配石遺構などの配石遺構と、
鹿角市史資料編 第8集 (0025)

戸壱枚繕一、 戸障子弐枚新規一、 戸壱枚繕一、 戸障子弐枚新規三上恒右衛門一、 戸壱枚繕玉内勝之丞一
鹿角市史 第5巻 (0244)

同花輪給人井上良助が玉内村の浦志内川添へ杉三〇〇本上ノ坂道ノ上へ栗五〇〇本狐館へ栗一、 〇〇〇本を植立
鹿角市史 第5巻 (0063)

七·二〇花輪で喧嘩し相果てた谷地田町四五右衛門、 玉内村与七郎両人家財欠所となる。
鹿角市史 第5巻 (0336)

尾去沢鉱山煙害問題、 玉内·三ヶ田で交渉続く。
鹿角市史 第4巻 (0123)

明石に入っても八幡平地区の谷内から大里・玉内付近では、 盛んに漆の植林が行われた。
鹿角市史 第3巻 下 (0192)

また、 花輪町新田町から宮川村玉内の下までの路面改良と、 柴平村の根津川の鉄筋コンクリート橋、
鹿角市史 第3巻 下 (0331)

〓年一二月、 同山の煙害問題は郡南部にひろがり、 宮川村玉内では、 田地二五町歩・山林七町・畑一八町歩
鹿角市史 第2巻 下 (0585)

持参したのは、 花輪同心玉内市右衛門、 関富次郎である。 筆啓上致し候。
鹿角市史資料編 第12集 (0011)

一、 御長持弐掉、 小物三掉、 箱荷十二着、 才領御同心西館元治、 玉内茂之助来ル。
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